専門知は、もういらないのか 無知礼賛と民主主義…トム・ニコルズ著 みすず書房

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専門知は、もういらないのか

『専門知は、もういらないのか』

著者
トム・ニコルズ [著]/高里ひろ [訳]
出版社
みすず書房
ジャンル
社会科学/社会科学総記
ISBN
9784622088165
発売日
2019/07/11
価格
3,740円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

専門知は、もういらないのか 無知礼賛と民主主義…トム・ニコルズ著 みすず書房

[レビュアー] 鈴木幸一(インターネットイニシアティブ会長CEO)

 志願者に比べ、大学の数が多すぎる。多すぎることで、大学は学生に媚(こび)を売るような教育になる。学生の4年間、もっと言えば院生の2年間が、日本の将来を破壊している最も深刻な原因である――。就職の季節になると、暴言ともとれるそんな言葉を聞くことが多くなっている。激しい批判をする知人たちは、長年、採用を担当し、巨大な技術企業を支えてきただけに、人一倍、学生に対し愛着があるはずなのだが、年々、大学や学生に対する言葉は辛らつになっている。

 より深刻な米国の状況を、長年専門家として教育に関わってきた筆者が、背景となるネット社会化や、民主主義を支える社会の病弊と関連付けながら解き明かそうとした著である。

 著者の言葉は、すでに深刻の域を超して、諦めにも聞こえる。「アメリカの高等教育機関の多くが学生たちに専門知を構成する基礎知識や技術を教えられていない。より深刻なことに、大学は学生に、専門知を認識する能力、さらに日常生活において専門家やその他のプロと生産的な関わりをもつ力を教えられていない」と。大学における基本的な教育の崩壊を指摘し、知的能力のなかでも「新たな情報やさまざまな考えを冷静に、論理的に、感情的また個人的予断を排して検討する能力――クリティカルシンキング(批判的思考)」の欠如を危惧している。

 知識をすべてネットから得るような時代、専門知の持つ意味すら知らずに大学時代を過ごす若者は、専門家に対して「おれだって、お前と変わらない」という学び方で済ますことができる。「大衆はいまや、いっさいの非凡なるもの、傑出せるもの、個性的なるもの、特殊な才能をもった選ばれたものを席巻しつつある」と、著者は最後にオルテガ・イ・ガセットの『大衆の反逆』から警告を引用する。トランプ大統領流の民主主義は、専門知の不要な大学の空気とどこか似ている気がしないでもない。高里ひろ訳。

読売新聞
2019年11月3日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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