落日

『落日』

著者
湊かなえ [著]
出版社
角川春樹事務所
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784758413428
発売日
2019/09/04
価格
1,760円(税込)

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※書籍情報の無断転載を禁じます

落日 湊(みなと)かなえ著

[レビュアー] 高倉優子(ライター)

◆事実の奥にある「真実」とは

 読後、後味の悪さが残る嫌なミステリ作品のことを略して「イヤミス」という。多くのファンを持つジャンルだが、それをけん引するのが「イヤミスの女王」と呼ばれる湊かなえだ。最新作である本作もその系譜かと思いきや、さにあらず。社会問題を取り入れつつ家族の在り方を問う濃密な人間ドラマでもあった。

 冒頭に、しつけの厳しい母親からアパートのベランダに出るよう命じられる少女が登場する。連日報道されている女児虐待死事件を彷彿(ほうふつ)とさせる描写に胸が痛むが、隣家の少女との無言の触れ合いが、彼女の心を慰めるのだ。この出会いが物語の縦軸となる。

 横軸となるのは売れない脚本家の千尋(ちひろ)と、世界が注目する新進気鋭の映画監督・香との出会い。香は十五年前に千尋の故郷で起きた「笹塚町一家殺害事件」を新作映画の題材として扱いたいという。引きこもりの兄が高校生の妹を刺殺し、自宅に放火して両親も死なせるという凄惨(せいさん)な事件は、裁判で犯人の死刑も確定していた。

 二人が取材のために別の裁判を傍聴する場面があるのだが、ドラマのような派手さがない進行に退屈と感想を述べる千尋に対し、香が語るせりふにハッとさせられた。<実際に起きた事柄が事実、そこに感情が加わったものが真実だと、わたしは認識している>。日々見聞きするニュースを事実として受け止めるだけで、その奥にある真実を見逃してはいないか? という著者からの強力なメッセージに思えてならなかった。

 中盤から終盤にかけて、縦軸と横軸が見事に交差し、千尋と香が知りたかった真実がつまびらかになる。ちりばめられた伏線が鮮やかに回収されていくさまは痛快で、改めて著者の筆力に舌を巻いた。

 著者はこれまで『告白』『贖罪(しょくざい)』『母性』といった代表作の中で、個性の強い母親や、母と娘の関係性について書いてきた。今作でも千尋と香の母たちがキーパーソンとして描かれている点をかんがみると、母親という存在が創作の大きな柱であることは間違いなさそうだ。

(角川春樹事務所・1760円)

1973年生まれ。作家。著書『告白』『贖罪』『ユートピア』『未来』など。

◆もう1冊 

湊かなえ著『告白』(双葉文庫)。本屋大賞を受賞し、映画化もされたデビュー作。

中日新聞 東京新聞
2019年11月10日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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