【ニューエンタメ書評】柿本みづほ『ブラックシープ・キーパー』坂井希久子『妻の終活』 ほか

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  • ブラックシープ・キーパー
  • ムゲンのi(上)
  • 異世界の名探偵 1 首なし姫殺人事件
  • 腸詰小僧 曽根圭介短編集
  • 妻の終活

エンタメ書評

[レビュアー] 細谷正充(文芸評論家)

どんどん涼しくなってきました。皆さま、どんな秋を過ごされているのでしょうか? 今回は様々なジャンル8点をご紹介いたします。

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 近年、歴史時代小説が続いていた角川春樹小説賞だが、第十一回受賞作、柿本みづほの『ブラックシープ・キーパー』(角川春樹事務所)は、近未来の北海道の物語だ。特殊な能力を持つ者たちのバトルを描く、いわゆる“現代異能物”である。この手の作品は、架空の都市や学園を舞台にしたものが多いが、本書は現実の地域に根差している。それがひとつの特色といえよう。

 科学の発展と暴走により、北海道の札幌とその近郊に、羊飼いと呼ばれる異能力者が生まれた。強烈なトラウマに基づく異能力は千差万別であり、また、能力者は札幌を離れることがほぼ不可能だ。さらに異能力のリソースになるのが、羊と呼ばれる人間たちである。異能力を使いすぎると羊は狂ってしまう。そのため羊の数は、多い方がいい。

 というのが物語の基本設定だ。主人公の斗一桐也は、政府の組織“羊飼厚生保全協会”──羊協に所属する羊飼いである。ある日、羊飼いによって構成された犯罪組織“カミマチ”の異能力者を殺した桐也は、その夜自宅を訪ねてきた、桐也の羊になるために生まれてきたという少女と出会い、一緒に暮らし始める。かつて姉を羊にして発狂に追い込んだ、羊飼いの放火魔を捜し続けている桐也だが、ヨウと名付けた少女との生活で、心を癒されていく。だがヨウを巡り、羊協とカミマチが動き、桐也は戦いの渦に巻き込まれるのだった。

 作者は「受賞の言葉」で、“「不可侵であるべき日常」が「得体の知れない非日常」に侵食されている世界を描こうと思い筆を執りました”といっている。札幌をメインに、実在する場所を舞台にしたのは、この狙いを強調するためだろう。もう少し、札幌でなければならない必然性があるとよかったが、独自色は出ている。作者の挑戦は成功したといっていい。

 さらに羊飼いの異能力が凝っている。一人ひとり、まったく違った異能力を、ユニークな方法で発揮するのだ。ちなみに桐也は、銃の形をしたもので、いろいろな物を撃ち出す異能力を持っている。そんな彼の前に現れる羊飼いの異能力も、奇想天外なものばかり。予測不能のバトル・シーンを堪能できるのだ。もちろん、放火魔を絡めたストーリーや、ヨウの正体、しだいに絆を強めていく桐也とヨウの関係など、読みどころは多い。将来が期待できる新人の登場である。

 知念実希人の『ムゲンのi』(双葉社)は、メディカル・ミステリー・ファンタジー・アクション・恋愛・家族など、さまざまなジャンルを全部乗せした、渾身のエンターテインメント・ノベルだ。

 長期間のレム睡眠を継続し、そのまま延々と昏睡に陥る、特発性嗜眠症候群──通称“イレス”は、全世界で四百例しか報告がない奇病であり、治療法も確立していない難病だ。その“イレス”が、同時に東京で発生。四人の男女が、昏睡状態になった。神経精神研究所附属病院に勤務する識名愛衣は、そのうちの三人を担当。先輩の杉野華が、一人を担当している。しかし二人とも、治療の糸口すら掴めない。

 そんなとき、実家に帰った愛衣は、祖母に導かれ、ユタ(沖縄の巫女)の力を手に入れる。この力で“夢幻の世界”と呼ばれる患者の心の中に飛び込んだ彼女は、自分の魂の分身だという、うさぎ猫のククルと共に、マブイグミ(魂の救済)に挑むのだった。

 最初は奇病に挑む女医の物語かと思っていたが、すぐにファンタジーの要素が出てくる。しかも患者の心の中で行うマブイグミが、謎解きのミステリーになっているのだ。さらにストーリーが進むと、意外な展開にビックリ仰天。よくぞこれだけのネタを盛り込んで、きちんとひとつの作品にまとめたものだ。人気作家の豪腕に圧倒された。

 片里鴎の『異世界の名探偵 1 首なし姫殺人事件』(講談社)は、剣と魔法の世界を舞台にしているが、読者への挑戦まである、ガチガチの本格ミステリーだ。元警官でミステリー・マニアだった日本人が、ヴァンという異世界の平民に転生。国立学校の生徒として、名門貴族のレオ・バアルや、才媛のキリオ・ラーフラと共に、充実した学園生活をおくる。そしてレオと共に司法改革の本を出したヴァンは、成績も優秀であり、友人たちと共に表彰されることになる。だが表彰式の場で、聖女の生まれ変わりといわれるヴィクティー姫の首なし死体が発見された。しかも現場は密室である。宮廷探偵団副団長のゲラルト・マップの、事態を丸く収めるだけの推理に異を唱えたヴァンは、不可能犯罪の謎に挑むのだった。

 ファンタジー世界を舞台にしたミステリーは幾つかあるが、ここまで本格物の枠組みを備えた作品は珍しい。設定を巧みに使った、ロジカルな密室の真相が素晴らしい。その他の謎には、魔法を利用した部分もあるが、作中で説明されているので問題なし。本気で謎解きをしてみることをお勧めしたい。

 曽根圭介の『腸詰小僧』(光文社)は、ブラックな読み味の短篇七作が収録されている。冒頭の表題作は、小学生のときに猟奇殺人事件を犯したが、現在は社会復帰している“腸詰小僧”へのインタビューに成功したライターのもとに、被害者の父親が訪れる。執拗に腸詰小僧に会わせろと迫る父親に、ライターはどう対処したのか。えー、こういう方向に捻ってくるのかと驚くと同時に、どんよりとした気持ちになった。

 その他の話も、悪意に満ちたサプライズが待ち受けている。一話ごとに、真っ黒なもので、腹の中が重くなった。しかしこの重さが癖になる。もたれると分かっていても、読み進めずにはいられないのだ。

 坂井希久子の『妻の終活』(祥伝社)は、なんとも厳しい作品だ。主人公は、まもなく七十歳になる一之瀬廉太郎。定年まで勤めた製菓会社で、今は嘱託として働いている。家事や、ふたりの娘の子育ては、すべて妻の杏子に任せて生きてきた。典型的な団塊の世代の男だ。

 ところが妻が癌により、余命一年と宣告されたことで、さまざまなものが崩壊する。日常生活だけではない。一家の主として、無意識なまま傲慢に振舞っていた生き方を、見つめなおさざるを得なくなるのである。ささいなこともままならず、終始狼狽する廉太郎の姿には、やっつけられた悪党を見るような爽快感すら感じる。

 もっともそこで終わっていたら、本書は底の浅い物語でしかなかったことだろう。作者は廉太郎の意識の変化を通じて、夫婦や親子の関係性を、真摯に見つめるのである。ああ、いい話だなあと思っていたら、ラストに最大の驚きが控えていた。ここまでやるのか、やってしまうのか! 登場人物を突き落とすが、突き放してはいない、絶妙のエンディングに感心してしまったのである(しかし、男が読むと複雑な気分になる話だ)。

 成田名璃子の『今日は心のおそうじ日和 素直じゃない小説家と自信がない私』(メディアワークス文庫)は、ひとつの家庭が終わる場面から始まる。夫と離婚することになり、小学生の娘の美空を連れて、実家に戻った平沢涼子。両親だけでなく、兄家族が暮らす実家は、居心地が悪い。そんなとき、山丘周三郎という作家の家政婦になることを勧められた。家事は好きだが、偏屈な周三郎に馴染めない涼子。だが、しだいに周三郎と打ち解けていく。そして専業主婦時代に失った自信を、取り戻していくのだった。

 専業主婦というだけでバカにする人がいるが、きわめて高度な専門職といっていい。作者は、さまざまな家事の描写を挿入しながら、涼子のプロフェッショナルぶりを、読者に分かりやすく伝えてくれる。いろいろ欠点もあるが、家事のプロで、善良な心を持つ涼子が立ち直っていく姿が、気持ちのいい読みどころになっている。辛い過去を抱える周三郎の再起も、同じく気持ちがいい。読めば元気をもらえる一冊なのだ。

 伴名練の『なめらかな世界と、その敵』(早川書房)は、今年のSF界の収穫と断言できる短篇集だ。冒頭の表題作は、文章が変だと思いながら読んでいると、意識だけを並行世界に移動できる世界を舞台にした作品だと分かってくる。そんな世界が当たり前だと思っている主人公と、ある事情からひとつの世界でしか生きられない転校生。ふたりの女子高生が巻き込まれた事件と、主人公の選択は、とてもビターで、ちょっと甘い。素晴らしい味わいだ。

 続く「ゼロ年代の臨界点」は、明治期に発生した、もうひとつのSF発展史が綴られている。断片的な情報を振りまき、読者の想像力を喚起するのが、作者の好む手法のようだが、それが強く感じられる物語だ。特に、ラストの注に妄想が捗り、興奮した。言及する余地がなくなってしまったが、他の作品も素晴らしい。また作者が、世界を不確定で不安定なものとして捉えていることを指摘しておきたい。

 武内涼の『不死鬼 源平妖乱』(祥伝社文庫)は、若き日の源義経と静(おそらく後の静御前)が、ヴァンパイア・ハンターになる、平安伝奇活劇だ。もっとも“血吸い鬼”と呼ばれる和製ヴァンパイアの設定は、従来の吸血鬼のイメージに作者の創作が加わり、かなり独特なものになっている。だからこそ興味深い。

 源平合戦前夜を背景に繰り広げられる、最悪の血吸い鬼“殺生鬼”と、それを狩る密殺集団“影御先”。それぞれの事情を抱えて“影御先”に加わった義経と静が、仲間と共に闘いに身を投じる。激しいバトルだけでなく、人を踏みにじる力に対する、ふたりの主人公の怒りと慟哭に心が震えた。シリーズ化を熱望する。

角川春樹事務所 ランティエ
2019年12月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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