ボツワナの「儀礼殺人」に信心と狂信の境を問う話題の翻訳書

レビュー

4
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隠された悲鳴

『隠された悲鳴』

著者
ユニティ・ダウ [著]/三辺律子 [訳]
出版社
英治出版
ISBN
9784862762894
発売日
2019/08/30
価格
2,200円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

ボツワナの「儀礼殺人」に信心と狂信の境を問う

[レビュアー] 鴻巣友季子(翻訳家、エッセイスト)

 南部アフリカのボツワナで現実にあった「儀礼殺人」を土台に、同国の現役大臣の女性が書いた小説だ。

 信心というのは、人の精神の拠りどころだ。その宗教の信者以外には、意味をもたない考え方や営みもある。それどころか害悪であったり、狂気であったり、純然たる犯罪であったりもする。宗教を「伝統」や「文化」と言い換えてもいい。強い信心と狂信の境はどこにあるのだろうか?

 本書で扱われる「儀礼殺人」とは、呪術に使う人体の一部を得るために行われる殺人のこと。そうした呪術薬で敵を倒し富や権力を手にできるという信仰が未だに根強く残っている事実に愕然とする。

 作中には、自らの欲得のため邪魔者を消そうとする三人の男が出てくる。巨万の富を手にしながらさらに求める実業家、三代前に奸計にはまり首長の座を奪われたという副首長兼村長、高校で校長の座を狙う副校長。つまりは、政財界と教育界の人々であり、知識層といってもいいが、彼らは呪術の効果を疑わない。

 呪術薬には「毛のない子羊」の身体の部位が必要とされる。三人は十二歳の少女を狙い、ここに書くのもおぞましい方法で殺害する。儀礼殺人は有力者らが行うことが多いため、大半は闇に葬られるというが、この一件も、野獣に襲われたとして捜査が終了する。しかしその五年後、この村に「国家奉仕プログラム」の一員として医者を目指す女性が派遣されてきたとき、封印された悲鳴は解き放たれることになる。それだけでなく、抑圧された女性たちのうめき声も聞こえてくる。それもまた本書の重要な点だ。

 スカートをまくりあげ、無防備になわとびをする幼い少女の姿に、胸がしめつけられる。自分たちの文化や伝統を真の意味で繁栄させるためには、むしろそれを存続させようとする人々と対峙する必要があると、作者は言っている。ぜひ読んでいただきたい今年話題の翻訳書である。

新潮社 週刊新潮
2019年11月14日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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