機会・時間・楽しさ・疲れの配分が課題。「出世」ということばを捉えなおそう

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機会・時間・楽しさ・疲れの配分が課題。「出世」ということばを捉えなおそう

[レビュアー] 印南敦史(作家、書評家)

「中の人」から「外の人」へ 出世のススメ』(角田陽一郎 著、日本実業出版社)の著者がいう「出世」とは、「サラリーマンが出世する」というような一般的な意味ではなく、「出世=世から出ること」なのだそうです。

時代が新しい局面にさしかかっているなか、さまざまなことが劇的に変化しています。

だとすれば、人間の生き方自体が大きく変わったとしても、まったく不思議ではありません。つまり、そこが重要なポイントだということ。

これまで「異常な生き方」にカテゴライズされてきたモノが、ある意味、「普通の生き方」になる。今まで世界を維持してきたフレームは、もはや維持できなくなっているのです。

(中略) そんな中、僕たちはどう生きるのか? 何を選択するのか? 僕は思うのです。「出世」を立身出世ではなく本来の意味で捉える、すなわち「フレームから抜け出す」と再定義することが現代人に必要なのではないかーーと。(「Prologue 『出世』という生き方」より)

そう考える著者は3年前、22年間9か月働いていたテレビ局を辞めたそうです。

それままさに「世を出る行為」であり、そこからフリーランスとして働いてみて、新たな考えにたどり着いたのだといいます。

「出世とは『会社を辞めること』ではないんだな。よし、もっと出世しよう!」 (中略)「出世」とは、フレームから脱して新たなフレームに入るのではなく常にフレームの外側にいる。それこそが出世! と気づいたのです。(「Prologue 『出世』という生き方」より)

そのような考え方に基づいて書かれた本書から、きょうは第2章「機会と時間と楽しさと疲れの配分」に注目してみたいと思います。

自由になりたくて組織を抜けるのは意味がない

打ち合わせの日程をいつごろに決めるべきかというのは、なかなか難しい問題。

日程を土壇場で決めると、関係者の調整が難しいため欠席者が出て、打ち合わせ自体のクオリティが下がる危険性が出てきます。

かといって早めに決めても関係者の不確定要素が多く、その日が近づいたころに欠席者が出たり、打ち合わせ自体がドタキャンになってしまうこともあるわけです。

なにかの本番と違い、計画段階の打ち合わせだと優先順位が相対的に低いため、そういうことが起こりがちだということ。

一方、直前に話が急に決まることもよくあるもの。著者の経験値からいうと、そうしたケースは、個人よりも企業との打ち合わせに多いそうです。

それは、「個人の都合より、組織の都合のほうが優先順位が高い企業人が多い」から。しかし問題は、著者が「個人」で働いているということなのだといいます。

組織に縛られるのが嫌で「出世」したのに、組織に縛られている人と仕事をすると、結局はその人の組織に縛られてしまうという現実。

個人の力が、その組織に抗えるほど強いというパターンは、なかなかないわけです。

それは、組織の外で仕事をしてみないとわからなかったことで、事前に予防線を張りにくいのだそうです。

最近、「仕事ってそもそも何なのか?」とよく考えていました。 他人に何かを供給しないと仕事はできない。自分ですべてを自給できる人は別だろうけど、たぶんそんな人はいないだろうし。

つまり、こういうことだったのです。 仕事とは、多かれ少なかれ、他人の条件に左右される不自由なもの。 その事実は、組織の中にいても、個人で仕事をしても、あまり変わらないーー。 これ、出世したからこそ断言できます。(58ページより)

つまり、「自由になりたい」という理由で組織を抜けることは、あまり意味がないということ。

仕事は、「スケジュール」という不自由さとつきあうことだという考え方です。(57ページより)

出世の課題は機会・時間・楽しさ・疲れの配分

著者は若いころ、「企画が通らない」と、日々悶々としていたのだそうです。やりたいことはたくさんあるのに、機会がなかったということ。

一方、いまでは企画が楽に通るようになったものの、身体のキャパが追いつかないこともあるのだとか。つまり、やりたいことがたくさんあっても時間が足りないわけです。

機会と時間の配分は、まさに人生の課題です。何かを生み出すには自分の奥底に潜る時間が必要だからです。潜って作って浮上するのには、それだけに費やす時間がいります。その間に違う思考を施行すると潜りが浅くなります。(59ページより)

一時期、「マルチタスク」ということばが流行りました。しかし少なくとも著者にとって、「マルチで仕事をする」ということは不可能なのだそうです。

もちろん、誰かと分担作業をするという解決策もあるでしょう。しかしその場合、思考は分散することになってしまうはず。

著者は自分の職名を「バラエティプロデューサー」にしており、それは「いろいろなんでもやる」という決意表明なのだといいます

しかし「いろいろ手を出す」以上、機会ごとに潜る時間が必要になるということ。したがって、その機会ごとに思考の拡散と分断を余儀なくされるわけです。

思考の拡散は楽しいけど、思考の分断は疲れます。楽しさと疲れの配分もまた、人生の課題です。

「機会と時間の配分」と「楽しさと疲れの配分」をどうするかーー。 それが出世においての大切な課題なのです。(60ページより)

著者は若いころ、なにがヒットしてなにがトレンドなのかという「いま」に興味があり、知らなければならないと思っていたといいます。

しかし出世してみると、「いま」にはあまり興味が持てなくなったというのです。

むしろ強いのは、過去の名作や偉人の偉業に触れたいし、吸収したいという思い。それを自分の内部に受け入れ、そこからいただいた感情を「いま」の世間に新たに発信したいのだそう。

だからこそ、深く潜ることに価値を見出すということです。(59ページより)

「出世」という概念を広い視野で解釈した本書には、「働く」ことの本質が見えているような気がします。

フレームの外側をポジティブに生きるため、手にとってみてはいかがでしょうか?

Photo: 印南敦史

Source: 日本実業出版社

メディアジーン lifehacker
2019年11月13日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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