赤松利一作品の中でいちばんエンタメ性が強く、ビギナーにもオススメ

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犬

『犬』

著者
赤松利市 [著]
出版社
徳間書店
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784198649302
発売日
2019/09/28
価格
1,870円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

“首輪”をつけられていたのは誰か 逆説的な視座から見たモラル

[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)

「いずれにしても、この問題に限らず、差別者と被差別者の垣根を取り除くためには、まだまだ時間が必要なんやろう。家族に認知され、友人や周囲の人間に受け容れられた沙希が、息苦しさを覚え、座裏に住み着いた理由もそんなところにあるんやろ」と、主人公・桜が同じトランスジェンダーの沙希のことを思う箇所と、桜の昔の男・安藤勝による凄絶なSMプレイ―その中には、題名の如くまさしく首に犬の首輪をはめるものや肛門性交も含まれる―が交互に繰り出される小説を読者はどうお読みになるだろうか。

 桜は、大阪でニューハーフ店「さくら」を営んでいる六十三歳の女性(?)。そして沙希は「さくら」の店員として働く二十三歳の、誰もが見紛う美貌の持ち主。そして安藤は、桜の老後の資金一千万円に目をつけたハイエナのような男。この三人が作品の中心人物だ。

 赤松利市の作品を読むには、年齢制限がかかるかもしれないが、いくら表面に毒がまぶされていようとも訴えているのは、逆説的視座からのモラルの回復や、モラルの崩壊そのものをかろうじて防ぎ止めることに他ならない。

 物語がぐんと面白くなってくるのは、沙希が一千万円を持ち逃げしてからだ。未読の方のために詳しく書けないが、これには一つのツイストが隠されている。かくして、金の亡者となった安藤は、桜を嬲り尽くしつつ、追跡を開始する。

 大阪を起点に最後は佐世保にまで至る追跡は、これまでの赤松作品の中でいちばんエンターテインメント性が強く、はじめての読者は、本書から入っていくといいかもしれない。

 終盤で関口という警官が桜たちを救ってくれるのが分かっていても、読者を飽きさせず、一気にラストまで読ませてしまうのは大したものだ。さて、本当に犬のように首輪をつけられていたのは誰か。作者のニヤリとする顔が浮かぶ。

新潮社 週刊新潮
2019年11月21日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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