『自画像のゆくえ』
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「自撮り」時代に振り返る画家たちの自画像
[レビュアー] 渡邊十絲子(詩人)
前世紀の終わりぐらいから、おもに若い女子のあいだでプリクラが爆発的に流行し、カメラの前でポーズをとり、撮影した自分の像を加工・演出することが日常的になった。カメラつき携帯電話の時代を経て、現在はスマホによる自撮りが主流である。
こうした展開と並走するように、ゴッホの自画像に扮するなどのセルフポートレイトに取り組んできたのが、『自画像のゆくえ』の著者、森村泰昌だ。この本では、「画家たちによる自画像」と「現代の自撮り」のつながりと断絶を、一つの地平で論じている。
自己の像を見事に演出した画家について論じた各章がすばらしい。ベラスケス作《ラス・メニーナス》の画面に仕込まれた何重ものトリックを解き、この絵が掛けられていた場所を国王執務室の椅子から見た場合に最高の効果が生じるように計算されたものであることを明らかにする。いわば「国王が見るためのプライベート絵画」なのだが、そこには画家自身の自己表現が時限装置のように仕掛けられていたというのが著者の見立てだ。
フリーダ・カーロがなぜ、左右がつながるほど濃い眉毛の自画像にこだわりつづけたかということについても、彼女の自己演出という観点から入念に検証する。こうしたていねいな「自画像論」の各論部分だけでかなりのボリュームだ。
「自撮りの時代」まっさかりのいま、「自画像の時代」を振り返る。タイムリーな本だと思う。