『交通誘導員ヨレヨレ日記』
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総現役時代の共感呼んだ“暮らし”の中の労働の風景
[レビュアー] 倉本さおり(書評家、ライター)
〈当年73歳、本日も炎天下、朝っぱらから現場に立ちます〉。7月、この口上が読売新聞のサンヤツ広告に並んだ日、発行所の三五館シンシャでは注文の電話が朝から鳴り止まなかったという。書名は『交通誘導員ヨレヨレ日記』。すでに高齢者というステージに突入しながら、生活の糧を得るべく雨の日も風の日も現役で誘導灯を振っている著者の体験に基づいた、悲哀と笑いまじりのノンフィクションだ。その後も快進撃を続け、発売から3カ月あまりで7刷5万部に達している。
「電話口の声の感じから察するに、みなさん明らかに著者と同年代の方々で……」三五館シンシャの編集兼営業担当者は感慨深そうに語る。「紙の新聞の読者は高齢化しています。近年はサンヤツといえども反応が鈍いことのほうが多いのですが、この本の場合はきっと“自分事”として響いたんでしょうね」
けれど本当に興味深いのは、広告を出す前から「店頭で不思議な売れ方をしていた」(書店関係者)点だ。新刊平台で大展開したわけでもないのにいろんな棚で同時にぽつぽつ動きはじめ、ひと月20冊近く売れるようになったという。
「おそらくライターやタレントが取材して書いたものではなく、あくまで自分自身の生活の中の出来事として淡々と綴っている点に読者の方々が反応しているんじゃないかと」(同)
これまでも苛酷な労働現場に“潜入”するドキュメンタリー本は世に送り出されてきた。だが、その多くは実際に働く人たちの姿を取材のネタとして―つまりは“他人事”として描写していた面も否めない。
「著者の柏さんは彼らの姿や仕事の内容を素材として見ているのではない。すべて柏さんの日常の景色から引っ張り出された文章。そこに暮らしそのものが貼りついているんです」(担当者)
超高齢社会に突入したいま、以前ならお年寄りと認識されていた人びとが制服を着て工事現場やレジの向こう側に立つ姿は全く珍しくなくなった。私たち全員にとって、労働とはもはや引退できないものなのだ。