霧中の読書…荒川洋治著

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霧中の読書

『霧中の読書』

著者
荒川洋治 [著]
出版社
みすず書房
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784622088455
発売日
2019/10/02
価格
2,970円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

霧中の読書…荒川洋治著

[レビュアー] 宮下志朗(仏文学者・放送大特任教授)

 現代詩作家による読書にまつわるエッセイ集。ありふれたものや読み忘れた作品に眼差(まなざ)しを注ぐ、いつも変わらないスタンスに価値がある。

 殺風景さに惹(ひ)かれてフォークナーの名作『八月の光』、木山捷平(しょうへい)の小説「七人の乙女」、西脇順三郎の名詩「旅人かへらず」、西東三鬼の代表句に触れ、「地味な風景があることで、ことばが生まれる」と喝破する。田山花袋の長編『田舎教師』には、作中の約30箇所の字(あざ)がほぼ現存することを歩いて確かめ、「人間の基本となる世界を、ていねいに描いた」と絶妙に結んだ。

 モーパッサンの中編『脂肪の塊』の新訳は再読三読向きなようだ。人間の現実を簡潔に物語る中編こそ「文学のもっともよい部分が息づく形式」として、チェーホフ「谷間」、トーマス・マン『トニオ・クレエゲル』などを挙げ、中編の復権を静かに訴える。

 阿部昭、ゴーリキー、上田三四二(みよじ)と抽出され、地味好みの読書人にもお奨(すす)めだ。わたしは大正期の松永延造の短編「ラ氏の笛」を読み、人生の寂寥(せきりょう)を密(ひそ)やかに味わった。作品は読まれる時をじっと待っていたんだと思った。(みすず書房、2700円)

読売新聞
2019年11月17日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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