死の海…後藤宏行著 洋泉社/私は幽霊を見ない…藤野可織著 KADOKAWA

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死の海

『死の海』

著者
後藤 宏行 [著]
出版社
洋泉社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784800316721
発売日
2019/08/07
価格
1,980円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

私は幽霊を見ない

『私は幽霊を見ない』

著者
藤野 可織 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784041081884
発売日
2019/08/30
価格
1,650円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

死の海…後藤宏行著 洋泉社/私は幽霊を見ない…藤野可織著 KADOKAWA

[レビュアー] 宮部みゆき(作家)

 昭和三十年七月二十八日、三重県津市の中河原海岸で、同市の中学校の生徒約四百名が水泳の授業を受けていた。全員が海に入って泳ぎだしてすぐに異変が発生、次々と生徒たちが溺れ始め、結果的には三十六名の女子生徒が死亡するという大惨事になった。

 悲劇は直後から広く新聞報道され、ようやく戦争の影を振り切って平時に戻った当時の社会を震撼(しんかん)させた。事故原因は詳しく調査され、責任追及は法廷闘争にまで発展した。一方、そうした現実的な収拾策の傍らで、小さな噂(うわさ)が囁(ささや)かれるようになる。

 「溺死した女子生徒たちは、海中深くから現れた防空頭巾姿の女性たちの亡霊によって、深みに引きずり込まれていったのだ」と。

 この中河原海岸水難事故は、今でも、死霊が生きた人間に害をなした最大最凶の幽霊事件として語り伝えられている。『死の海』はその「伝説」の部分を丁寧な調査によって解体しつつ、こうした大きな悲劇にしばしば付きまとって生まれる怪異譚(たん)が、その後の時代を生きた関係者の方々にとって、ひいては現代社会の私たちにとって、どんな心情的意味と必然性を持つものなのかを真摯(しんし)に考察している。

 著者の後藤氏が「あとがき」で、「性差の観点から当時の社会状況を研究していればもっと深く掘り下げることができたかもしれない」と記しているのが印象に残り、あれこれ考えあぐねていたのだが、そんなときに藤野さんの『私は幽霊を見ない』に出会った。幽霊を見たことはないけれど見てみたい、怖いけれど興味がある、とりわけ敬愛する文豪の幽霊ならば何としても会ってみたい――と綴(つづ)るこの愉快で真面目なエッセイの最終章「幽霊とは生きているときに上げられなかった声だ」を読み、ぱっと光をあててもらったような気がした。こういう偶然のセッションみたいな読書体験は貴重だ。本欄の読者の皆様にもお勧めしたい。

読売新聞
2019年11月17日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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