【『図書室』(岸政彦著)刊行&『劇場』(又吉直樹著)文庫化記念対談 後篇】会話から生まれる想像力

対談・鼎談

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図書室

『図書室』

著者
岸, 政彦
出版社
新潮社
ISBN
9784103507222
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

劇場

『劇場』

著者
又吉, 直樹, 1980-
出版社
新潮社
ISBN
9784101006512
価格
539円(税込)

書籍情報:openBD

【『図書室』(岸政彦著)刊行&『劇場』(又吉直樹著)文庫化記念対談後篇】会話から生まれる想像力

[文] 新潮社


又吉直樹さんと岸政彦さん(写真:新潮社写真部)

前号に引き続き、社会学者の岸政彦さんと芸人・小説家の又吉直樹さんの対談をお届けします。前篇では表現することの恥ずかしさがテーマになりました。後篇は、小説に取り組む際に形式を壊す事は考えなかったのか、という岸さんの問いを受けた又吉さんのお話から始まります。

 ***

又吉 言い訳できないような王道のど真ん中のものが好きなんです。一部の人に認められるものも好きですが、一番は、自分の作品で批評している人も食わしてるやつ。

岸 ああ、業界全体をね。

又吉 誰かに文句を言われるとかわいそうに思われたり、守られなければいけない存在には、究極のあこがれはなくて、弱いな、途中やんて思います。

岸 僕も、好きな映画監督はスピルバーグ、好きな画家はピカソやし。

又吉 僕もピカソ大好きですし、取材でも好きな映画は『バック・トゥ・ザ・フューチャー』と『スタンド・バイ・ミー』って答えてます。

岸 そういう矛盾したものが又吉さんの中にあるんだろうなって、『劇場』を読んで思いました。永田君のような再帰的で分析的な感覚はたしかに又吉さんの中にあるんだけど、それを真っ当に文学ど真ん中の形式で書いてあるのが面白い。ラストもすごくよくて、王道の恋愛小説ですよね。だから、これを書いているときは、又吉さんはポジションのことを忘れているんだろうなって思わされました。それも含めてのテクニックかもしれませんが。

又吉 変わった表現のものも、作っている人がこれしかないと思って信じているなら、グッとくるんですよね。そういうものを、なに斜に構えとんねんって考えるのも好きじゃないし、信じたものをちゃんとやっていることが好きっていう。

岸 それは何が違うんですかね。

又吉 狙ってやってる人は、ちゃんと言い訳しますよね。みっともなさをちゃんと出す。

岸 だから表現って恥ずかしいんですかね。最初の小説の「ビニール傘」を書くときに、技巧に走ったところがあって、それはそう書きたかったからなんですが、時間軸や人称をごちゃごちゃにしたのは、やっぱり照れがあったんです。登場人物に名前をつけることと、セリフをカギカッコでくくること、この二つができなかったから、小説らしい小説になりませんでした。社会学で二十年以上、いろんな仕事をやってきて、今さら小説書くのって胡散臭いでしょ。調査で聞いたことを使いまわしてるんじゃないかとか言われたり。

又吉 十八で吉本の養成所に入ったんですが、まず大きな声を出すことが恥ずかしかったんです。聞こえるくらいの声でいいのになって。

岸 吉本の芸人さんって声張りますよね。

又吉 もう一つ、例えば女性役の時に、女性っぽい言葉で話すのが恥ずかしかった。セリフをカギカッコに入れられない、というのに似ているんですが、だから、本を朗読するように話をしていました。

岸 めちゃめちゃ現代アートですよ、前衛っぽい。

又吉 でも、いざ舞台で僕が話しても、全然お客さんにウケない(笑)。

岸 そもそも伝わらないでしょう。

又吉 それで、もう少し声出したほうがええかなって思ってやると、ウケるんですよ。登場人物に似せてやったほうが伝わる。そもそも、なんで人前で話しているのかって、笑かすためなんですよね。だからなに自分の主義主張が勝ってんねんって思って、少しずつ探っていきました。

岸 やりながら形式を取り戻していく感じですね。

又吉 結局これで合うてたんや、って。

岸 セリフにカギカッコつけないままだと、三人以上での会話になると誰が話してるかわからなくなる。だから「図書室」で初めてカギカッコでくくりました。その時、近代小説の形式って意味があるんだって思った。形式的なものの強さってありますね。

又吉 芸人が小説を書く場合、おしゃれさを求めるなら、最初は芸人の話にはしませんよね。でも、だからそれをやらないと考える、自分のあざとさが嫌いなんです(笑)。だからやる、これしかないやんというのをやっていく。

岸 面倒くさいなあ(笑)。でも、やっぱり矛盾したものが同居しているんですね。王道を目指すところと、批評的で分析的なところが又吉さんの中にある。だからこれだけの表現ができているんだなって思います。

又吉 ただ、それが自分の日常をいい風にしてくれているかというと、わかんないですけど。

岸 しんどいやろうなと思います。

又吉 人の話を聞きすぎるから。

岸 ずっと覚えているタイプですか。

又吉 いつまで覚えとんねんってよく言われます。「俺が十九の時、あいつは……」とか(笑)。

岸 そこは違うなあ。僕はぜんぶ忘れる。

写真:新潮社写真部

新潮社 波
2019年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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