どこにでもいそうな一家の三世代にわたる奥深い連作短編集

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私の家

『私の家』

著者
青山 七恵 [著]
出版社
集英社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784087716757
発売日
2019/10/04
価格
1,925円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

人間が繰り返す営みを立体的に描いた連作短篇集

[レビュアー] 佐久間文子(文芸ジャーナリスト)

 いつまでたっても家族が家族であることにかわりはないが、「私の家族」「私の家」という言葉で思い浮かぶものは、人生の場面場面で異なってくるはずだ。

 大人になり、引っ越しを繰り返し、結婚すれば軸足は新しい家族に移る。子供が巣立てば家族の数も減り、やがては一人になって死んでいく。営々とひとが繰り返してきたそうした営みを立体的に描き出す、『私の家』は非凡な連作短篇集である。

 祖母の法事を機に北関東の実家に戻ってきた一家の次女梓が、そのまま家にとどまることになる。恋人に別れを切り出され、東京のマンションに住めなくなって、ついでに仕事もやめてしまったのだ。東京に出て以来、初めて長く滞在する娘に、母親の祥子は次第にいら立ってくる。

「てえーっ!」が口ぐせで活動的な元体育教師の祥子は、陰気な梓を「なまこみたい」だと感じる。娘にいら立つことで、祥子は自分と母親との関係を思い出す。母親は体が弱く、子供のころの祥子は祖父母の家に預けられて、母親が亡くなった今も、「恨みじゃない何か」が残っているのを自覚している。

 梓から祥子、祥子の叔母道世と、章ごとに視点人物は変わる。道世は結婚のため実家を増築したが相手の裏切りに遭い、今はその家で小さな雑貨店を営んでいる。梓の父滋彦が「私の家」と感じて落ち着くのは、かつての新興住宅地に建てられた、自分の家とそっくりの空き家だったりする。梓にはいまのところ、「私の家」と思える場所がない。

 同じ家に暮らしていても、立場が違えば見えかたはがらりと変わる。時代をさかのぼれば、そこには違う家族の物語がある。家族なのに、家族だからこそ、ささいなことで相手を許せず、疎遠になってしまうこともある。そのようにして浮かび上がってくる、どこにでもいそうな一家の三世代にわたる奥深い物語に心をつかまれた。

新潮社 週刊新潮
2019年11月28日初霜月増大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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