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乱歩が精神世界に秘めた妄執を現代に甦らせた短編集
[レビュアー] 若林踏(書評家)
乱歩の描いた妄執をいかにして現代に蘇らせるか。歌野晶午『Dの殺人事件、まことに恐ろしきは』はそれに挑んだ短編集である。
本書に収録された作品は、いずれも江戸川乱歩の中短編を下敷きにして現代に置き換えたものだ。ただ物語の骨格やアイディアをなぞるだけではなく、各編に現代の最新テクノロジーを絡めているのが特徴だ。
例えば「椅子? 人間!」は乱歩初期の代表的短編「人間椅子」を基にしたものだ。原典では女性作家に宛てられたおぞましい手紙の形式で物語が進むが、歌野は作家と元交際相手の電子メールのやり取りで本編を綴る。双方向的で即時的なコミュニケーションに置き換えた結果、主人公を侵食してくる恐怖が原典よりも倍増している。
乱歩は精神の世界に秘められたものを探偵小説で表そうとした作家である。歌野はそうした乱歩の閉じられた心理へのこだわりを、より屈折した形で表現する。恋人と呼ぶアイドルをスマホに映しながら旅する男を描く「スマホと旅する男」が良い例だ。乱歩屈指の幻想小説「押絵と旅する男」に込められた歪んだ美を、歌野はさらに過激なものにしてみせるのだ。
ミステリファンならずとも〈少年探偵団〉シリーズで乱歩の作品世界に親しんだ読者は今も昔も多いはずだ。『みんなの少年探偵団』(ポプラ文庫)は小路幸也、湊かなえなど、かつて小林少年や怪人二十面相の活躍に心を躍らせた作家たちによるアンソロジー。収録作の中では、突然の引退宣言を行った二十面相の深奥に迫る藤谷治「解散二十面相」がユニークなパスティーシュに仕上がっている。
乱歩作品に触発された後続の作家は数知れないが、乱歩自身を登場させたミステリでは久世光彦『一九三四年冬―乱歩』(創元推理文庫)に及ぶものはないだろう。探偵小説家としてスランプに陥っていた乱歩が小説「梔子姫」の執筆を始めた途端に開き始める、虚実入り乱れた妖しい迷宮。日本探偵小説の父、江戸川乱歩そのものを謎の題材にした本書は、酔いしれるような読書体験を保証する。