もし今の世に赤穂事件が起こったら――『蟻たちの矜持(きようじ)』著者新刊エッセイ 建倉圭介

エッセイ

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蟻たちの矜持

『蟻たちの矜持』

著者
建倉, 圭介, 1952-
出版社
光文社
ISBN
9784334913199
価格
1,980円(税込)

書籍情報:openBD

もし今の世に赤穂事件が起こったら

[レビュアー] 建倉圭介(作家)

 日本人はなぜ忠臣蔵が好きなのだろう?

 赤穂浪士四十七人が吉良邸に討ち入ったのが一七〇三年のことで、爾来(じらい)この事件は文楽や歌舞伎をはじめ、講談、小説、映画、テレビドラマと、様々な媒体の題材になり、数知れない作品が生まれてきた。

 それは、四十七士の行為を三大仇討ちと呼び、彼らを義士と称賛する世評があったからだと思われる。

 しかし実際の事件は美談とは言い難い側面を持っていた。

 浅野内匠頭が、殿中で刀を抜けばその身は切腹、お家断絶となるのを承知で刃傷に及んだのは短慮の謗(そし)りを免れず、家臣想いの聡明な殿様像からはほど遠い。事件の構図は切りつけた浅野が加害者で、傷を負った吉良が被害者となる。幕府は規則に従い、浅野に切腹を申しつけた。これで吉良を仇だと見なすのは不条理ではなかろうか。

 こう考えると、赤穂浪士が徒党を組んで、吉良邸の寝込みを襲ったのは、どの時代の感覚でも、情状酌量の余地のない犯罪行為と映る。つまり、かなり無理筋の話なのである。

 ところが当時の人々は、浪士たちを武士の鑑(かがみ)と称賛した。江戸時代の価値観としてはそうだとしても、不思議なのは時代が変わり、国家の在り方や世情が大きく変化してきたにもかかわらず、忠臣蔵が好まれ続けてきたことである。

 そこで、ふと考えた。もし時代を現代に移し、現代のメンタリティを持った人物たちが、赤穂浪士と同じような行動をとったとしても、同じように共感を得られるのだろうかと。

 今作を書くに当たって、日本人が持つ、忠臣蔵に対するイメージの最大公約数にできるだけ近づけて描くようにしたのは、その答えを知りたかったからにほかならない。

 仮名手本忠臣蔵の作者が、赤穂事件から三百六十年余り遡(さかのぼ)った室町時代の話として描いたように、今回は三百十年余りのちの世界を舞台に、同様の試みをしてみたつもりだが、果たして今の人たちの共感を得られるだろうか?

光文社 小説宝石
2019年12月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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