『スワン』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
テロで生き残った五人の「真実」
[レビュアー] 西上心太(文芸評論家)
襟元から背中に得体の知れない何かが入り込んだような、ぞわぞわとした嫌な感じ。どこに連れて行かれるのか、何が待ち構えているのか判然としない不安感。無差別テロとその事件後を描いた本書は、このような心持ちを、われわれ読者に突きつける。
巨大ショッピングモール「スワン」。二人の男が、3Dプリンターで作製した大量の二連発拳銃と日本刀で、モールにいた客たちに次々と襲いかかる。十一時から一時間余りにわたった惨劇は、死者二十一名と多数の負傷者を生み、犯人たちの自殺によって幕を閉じた。女子高校生のいずみは、逃げ場のないスカイラウンジで犯人と対峙(たいじ)したが、助かった一人だった。
やがて、被害者の一人である老婦人の死亡状況を知りたい遺族が現れた。その依頼を受けた弁護士は、いずみを含む五人の関係者を集めた話し合いの場を設定する。この集会の目的は弁護士の言う通りなのか、この五人が選ばれたのはなぜなのか、皆が語る体験談の真偽を誰が判断できるのか、この集まりの行き着く先はどこなのか、疑問が募っていく。
事件後、犯人の命令でいずみが次の犠牲者を指名したという週刊誌記事が出て、彼女の生活は激変していた。いずみはテロから生き延びながら、不確かな情報に拠(よ)って立つ、「正義」を求める世間からの理不尽な暴力に晒(さら)された。二つの暴力によって、彼女の時は止まってしまう。だが前に進むため、いずみは集会に参加し続け、封印した記憶の蓋を開く。
バレエに打ちこんでいたいずみを象徴するかのように、善と悪という『白鳥の湖』のテーマが通奏低音のように浮かび上がる。数々の謎や疑問が解かれた結果、いずみの時は動き始め、テロの「事実」と「真実」がえぐり出される。読むべし。