ホームレス青年の絶望のレンズから見る世界
[レビュアー] 三浦天紗子(ライター、ブックカウンセラー)
読みながら浮かんでいたイメージは、レオス・カラックス監督の映画『ポンヌフの恋人』。天涯孤独のホームレスの青年と、失明の危機にある絶望から放浪中の女子画学生が織りなすボーイミーツガールストーリーだが、本書はもっと絶望の色が濃く深い。
語り手の〈俺〉は、キャリーケースを引いて、駅舎の周辺を日々歩き回る。持ち物はささやかで、わずかなお金も早々に盗まれてしまう。盗んだと思(おぼ)しきアルコール依存症の女性を青年は探し出すのだが、再会したふたりは、体を重ねるような関係に。それが愛かどうかの確信もないままに、青年は女性の体を心配し、いたわり、時折ふらりといなくなるその年上女性に嫉妬までするようになる。女性は青年をからかうようでもあり、甘えて頼りにしているようでもあるが、どちらも女性の無意識の本心なのだろう。振り回される青年はさらに転落していく。
青年がなぜホームレスとして駅に流れ着いたのか、過去に何を背負っているのかはまるで説明されない。それは「気づいたらそこにいた」という事実しかなく、過去の栄光もしがらみも不運も「転落」には関係ないと、突き放されているかのようだ。しかし、そこで男に生きる意味を与えているのは、その不安定な愛に他ならない。男は常に考え続けていて、希望と呼ぶにはあまりにかすかだがそれだけが希望だ。
本書の著者は、本国韓国でも注目を集める若き実力派。日本ではすでに『娘について』が邦訳されており、こちらは、母と娘の確執を軸に、ジェンダー格差、若者の失業率、LGBTなど現代の社会問題を鮮やかに切り取る傑作だった。この『中央駅』はキム・ヘジンのデビュー二作目。30歳手前の若さで、この絶望が描けるとは空恐ろしい。