[本の森 医療・介護]『お江戸けもの医 毛玉堂』泉ゆたか/『シークレット・ペイン: 夜去医療刑務所・南病舎』前川ほまれ

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[本の森 医療・介護]『お江戸けもの医 毛玉堂』泉ゆたか/『シークレット・ペイン: 夜去医療刑務所・南病舎』前川ほまれ

[レビュアー] 東えりか(書評家・HONZ副代表)

 犬公方、五代将軍綱吉は「生類憐みの令」で動物を殺した者は死罪になるという物騒なお触れで人々を恐怖に陥れた。

 そこから80年ほど下った明和5年、江戸の町では気に入った動物を譲り受け慈しんでいた。可愛い動物が病気になれば、医者に診てほしいと思うのは当たり前。泉ゆたか『お江戸けもの医 毛玉堂』(講談社)は、動物の病気を治すのもさることながら、人間関係のもつれや心の病も取り除く名医の奮闘を描いていく。

 谷中感応寺の境内、笠森稲荷に通じる道沿いに《けもの医者の毛玉堂》はあった。かつては小石川の名医であったという吉田凌雲と妻、美津は江戸じゅうから入れ替わり立ち替わり訪れる多くの飼い主に頼られ、動物たちの世話に明け暮れていた。

 美津の幼馴染、仙は笠森稲荷境内にある水茶屋《鍵屋》の看板娘。江戸の三大美人のひとりである。笠森稲荷一帯の地主で旗本の息子、倉地政之助とは恋仲で、美津のところへいろいろな相談を持ち掛ける。

 ある日、仙は政之助の頼みだと言って八つの善次を毛玉堂に預ける。絵の上手い善次は凌雲の見習いとして働き始めた。

 凌雲は美津と善次と共に、寿命が来た犬を安らかに逝かせる方法、突然狂暴になった狆の謎、算術のできる馬の秘密、兎の頭が禿げた理由などを次々と解明していく。

 どんな時代でも、生き物は可愛がってくれる人がわかるはず。江戸時代のペット事情も興味深く、続編を希望する。

 第7回ポプラ社小説新人賞を受賞した前川ほまれの第二作『シークレット・ペイン』(ポプラ社)の舞台は医療刑務所。かつて夜去市で暮らしていた32歳の工藤守は、大学から派遣され、週二回、夜去医療刑務所の精神科医として勤務することとなった。

 医療刑務所とは受刑者を対象とした矯正医療施設だ。収容者はM級と称される精神疾患を有する者、P級と称される身体疾患の者、そして受刑者の世話係として比較的犯罪傾向の進んでいない模範囚のA級がいる。

 M級受刑者が収容されているのは南病舎だ。常勤医の神崎は40代前半。犯罪者でもある患者を名字で呼ぶ神崎に、工藤は反発する。医療刑務所の患者の治療費はすべて税金で賄われている。罪を犯した人間を手厚く治療する必要はあるのだろうか。

 だが担当患者の中に、幼いころの友だちで、いじめにあっていた工藤を庇ってくれた滝沢真がいた。殺人事件を起こし希死念慮が強いと収容された滝沢と対面し、工藤は過去の出来事を思い出し、患者への考え方を少しずつ変えていく。

 医療刑務所にホスピスがあることをこの小説で初めて知る。たとえ死刑囚であっても、刑を全うするまで病気を治す義務が日本にはあるのだ。

 医師は犯罪者の病気とどのように向き合うべきかという重いテーマに挑んだ作品である。

新潮社 小説新潮
2019年12月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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