漱石、安吾、村上春樹。あの文豪のお金との向き合い方は? 「お金本」

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お金本

『お金本』

著者
左右社編集部 [編]
出版社
左右社
ISBN
9784865282511
発売日
2019/11/01
価格
2,530円(税込)

漱石、安吾、村上春樹。あの文豪のお金との向き合い方は? 「お金本」

[レビュアー] 印南敦史(作家、書評家)

忘年会などお酒を飲む機会も増え、なにかとお金がなくなりやすい年末です。

もし当たったらどう使おうか」と、年末ジャンボ宝くじに思いを馳せる方もいらっしゃるのではないでしょうか?

いずれにしても、お金に関する悩みが尽きることはないでしょう。

そして簡単に解決できる問題ではないからこそ、つい「もう少しだけでもお金があったらなぁ…」と考えてしまうのかもしれません。

しかし、それは私たちだけのことではないようです。『お金本』(夏目漱石、国木田独歩、泉 鏡花 その他、左右社)のページをめくってみると、そのことがよくわかります。

永井荷風、夏目漱石、内田百間ら文豪と呼ばれている人々、石ノ森章太郎、赤塚不二夫ら漫画家、ミュージシャンの忌野清志郎、タレント/映画監督の北野武など、さまざまな立場の人たちのお金に対する思いをまとめた書籍。

いくつかをピックアップしてみましょう。

酒との出逢い  森敦

いつもツケで飲んでいたから、借金もだいぶ溜っていたのだろう。ぼくが檀一雄のところに遊びに行っていると、「香蘭」のおかみがちょっとした手土産を持って訪ねて来た。それとあからさまには言わなかったが、借金の催促だとはわかっていた。

檀一雄は笑いながら愛想よく応対していたが、ちょっと額に手をあてるような仕草をすると、机の上から体温計を取って小脇に挟んだ。 「熱がありますの」 と「香蘭」のおかみが訊いた。

「なあに、大したことはありませんよ」 と、檀一雄は平然としていたが、「香蘭」のおかみは無理にとり上げて見て、四十度もあるじゃありませんかと言い、催促もせずに帰って行った。

ぼくも愕(おどろ)いてその体温計を小脇に挟んでみたが、やはり四十度になった。檀一雄はだれがしても四十度になる体温計を持っていたのである。 (226~227ページより)

手紙 昭和十一年    坂口安吾

九月三十日 隠岐和一宛

拝啓 貴兄から借りたお金返さねばならないと思つて要心してゐたのですが、ゆうべ原稿料を受取ると友達と会ひみんなで呑んでしまひ、今月お返しできなくなりました。たいへん悲しくなりましたが、どうぞかんべんして下さい。 小生こんど競馬をやらうかと思ってゐますよ。近況御知らせまで。                                                         安吾

和一兄

(236ページより)

人情物語る家計簿    遠藤周作

昔の家計簿を見ると、いかに貧乏だったかが、手にとるようにわかる。 私は世田谷の玉電松原のボロ屋に住んでいたが、今でも感謝しているのは旧玉川電車駅にちかい商店の人たちだ。 電器屋さんは私が「出世払い」ということでテレビもおいてくれたし、魚屋さんは「これでお宅の先生に栄養つけさせてよ」とただで魚をわけてくれた。

日中、丹前をきて家の前を徘徊している私を商店の人たちは最初、奇怪に思ったらしいが、まだ芽の出ない小説家だと知ると、そのような形で助けてくれたのだ。

まだ東京の街に人情が残っていた時代である。 家内が保存している家計簿を見ると、その頃の生活の一こま、一こまが甦ってくる。私の手帳のほうを見るとその頃の原稿のことが思い出されてくる。(253~254ページより)

愚痴とクダと嫌味    葛西善蔵

他の人の場合は知らないが、僕は、一年に二百枚書いたとして、それが十円の原稿料としても二千円にしかならないんだ。それで生活が出来ますかね。震災後一年ばかしで、東京へ出て来てから何一つ身につけた覚えがなく、それで千円以上の借金が出来たんですよ。

僕は酒呑みだから、僕の生活振りを知らない人は、いろんな誤解を持つでせうけれども、僕としては苦しい生活なんである。(270ページより)

貧乏はどこに行ったのか?    村上春樹

自慢するわけじゃないけれど、僕は昔かなり貧乏だったことがある。結婚したばかりの頃で、我々は家具も何もない部屋でひっそりと生きていた。ストーブさえなくて、寒い夜には猫を抱いて暖を取った。

(中略)町を歩いていて喉が渇いても喫茶店になんて入ったこともなかった。旅行もしなかったし、服も買わなかった。ただただ働いていた。でもそれで不幸だと思ったことは一度もなかった。金があればなあとはもちろん思ったけれど、ないものはないんだからまあしょうがないやと思っていた。

(中略)我々は若くて、かなり世間知らずで、そして愛しあっていて、貧乏なんて全然怖くなかった。大学を出たけれど、就職なんかしたくないやと思ってけっこう好きに生きていた。客観的に見れば世の中からおちこぼれていたようなものだけれど、不安というほどのものもなかった。 でもまあ、とにかく貧乏だった。(303~304ページより)

本書から感じられるのは、「いつの時代も、人はそれほど変わらないんだな」ということ。

もちろん社会状況もお金の価値も異なってはいるでしょうが、お金と向き合って四苦八苦する姿は同じだということです。

そういう意味では、自分とお金との関係について考えなおすきっかけになってくれるかもしれません。しかもそれ以前に、読みものとしてとても魅力的。

お金がないことを嘆く文章ばかりですが、不思議と悲壮感はなく、ときにお金について悩む姿が微笑ましくもあるのです。

Photo: 印南敦史

Source: 左右社

メディアジーン lifehacker
2019年11月29日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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