『みちづれの猫』
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温かく凛として優しい猫のように手元にいてほしい珠玉の短編集
[レビュアー] 杉江松恋(書評家)
人はなぜ猫を愛するのか。
その答えは、唯川恵『みちづれの猫』の中にある。猫にまつわる七つの作品を収めた短編集だ。
表題と同じ題名の作品はないが、巻末の「約束の橋」がそれに近い内容か。人生の最終章にさしかかった女性・幸乃が、自分とともに生きてくれた猫たちについて回想するという内容の短編である。初めて飼ったマル、DV男との結婚中に唯一の慰めだったタロウ、縁の薄い男との恋愛生活で、仲人のように二人をつないでくれたレオ。みちづれとした猫たちが与えてくれたものを、幸乃はそっと抱きしめる。
巻頭の「ミャアの通り道」は、老いた愛猫がいよいよ最期の時を迎えることになり、散り散りの家族が自然に集まってくる、という物語である。三人の子供たちは成人し、それぞれに事情があって実家から足が遠のいていた。猫が彼らを呼び戻したのである。「私たちは確かに今、過ぎた月日の重さを噛み締めていた」と語り手が述懐するように、猫と過ごした日々の思い出が、そのまま来し方のすべてを蘇らせる。猫は人生の記憶装置でもあるのだ。
本書の猫は、人に媚びるのではなく、自らの生き方を堅持する賢い生き物として描かれる。猫によって人の方が変わっていくのである。離婚をして自暴自棄になっていた者が、猫と暮らし始めて自分を取り戻す「運河沿いの使わしめ」や、息子の死によってできた空白の埋め方を猫に教わる「陽だまりの中」などは、心に強い支えをもらったような気持ちになる短編だ。各編の主人公が女性なのは、世間の厳しさを直に感じさせられる存在だからだろう。その中に夫婦愛を描いた「祭りの夜に」も交じり、彩りを豊かにしている。
アンソロジーに絶対入れるべき名作を短編のマスターピースと呼ぶが、全作がその水準に達した珠玉の作品集だ。猫のように温かく、凛として、優しく、手元にいてほしくなる。