戊辰戦争の新たな一面 奥羽越列藩同盟を導いた若生文十郎の知られざる闘い

レビュー

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我は景祐

『我は景祐』

著者
熊谷 達也 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103001546
発売日
2019/11/27
価格
2,750円(税込)

書籍情報:openBD

知られざる北の戦い

[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)

奥羽越列藩同盟を導いた男達の知られざる暗闘と、戊辰戦争の新たな一面を描いた時代小説『我は景祐』が刊行! 本作の読みどころを文芸評論家の縄田一男さんが紹介する。

 ***

 面白い男が京に上ってきた。

 鴨川で羽を休める翡翠を見て、

「あの翡翠、広瀬川でも見た気がするのだが……」

 というので、男の連れが、

「まったく同じ翡翠ということにござりますか」

 と問うと、

「さよう」

 と答える。

 翡翠が雁のように渡ってくることはないので呆れていると、この生涯、翡翠を愛した男は、我関せず、という面持ちで川面を眺めている。

 男の名は若生文十郎景祐。仙台藩筆頭奉行(家老)の命を受け、京の情勢を探りにきた人物である。六尺の長身、柔和な色の瞳を持ち、ために人に威圧感を与えることはない。連れの男は従者の小島寅之進。が、彼は、文十郎が、温厚そうに見えるが、実は豪胆な性格の持ち主であることを知っている。

 この春風駘蕩然とした男は、この一巻ではじめて歴史小説の主人公となり、仙台藩ははじめて戊辰戦争を描く軸となり得た。そして作品はまさに巨篇といっていい。

 そして京に着くとその足で藩邸へ行くかと思いきや、さまざまな情報が集まる島原の置屋・田澤屋に居座り、偽名を名乗ってやってきた男を一目で桂小五郎と見破る。

 京の町は、池田屋騒動の直後で、かえってこれで倒幕派の意気がたかまったとされ、小五郎が辛くも救かったのは、読者諸氏も御承知の通り。

 文十郎は、引き続き情報収集につとめるが、彼が仙台に帰藩したあたりから、話は俄に風雲急を告げるようになる。

 奥羽鎮撫使としてやってきた悪名高き世良修蔵の横暴ぶりに、仙台藩では怒りが頂点に達していたからだ。

 ここで作者ははじめて文十郎の凄味を描く。

「即刻、叩き斬る」

 憤りも怨念も、およそ情念らしきものをかけらも含まない醒めた声色が、かえって十太夫の背筋に冷たいものを走らせた。

 が、世良の首を落とすことは、奥羽討伐の口実を薩長の新政府に与えてしまうことになる。

 そして会津や長岡を含んだ奥羽越列藩同盟拡大へと物語は続く――。

 その仙台藩の中で主力となり得るのは、

・質実剛健で冷静沈着な若生文十郎率いる折衝隊。

・天衣無縫で直情径行の星恂太郎率いる額兵隊。

・大胆不敵で海千山千の細谷十太夫率いる鴉組。

 といった面々である。

 そして文十郎は、

「薩長の本音は、あくまでもおのれが政治の中枢にいて天下を意のままに操ること。衆議公論のもとに共和の政治を目指す我々とは、根元の部分で相容れぬ」

 と、結論を出す。

 そして、後半は遂に泥沼の戦闘に――。

 そんな中、訪れた幸運は、上野から逃れ、仙岳院に入った輪王寺宮が、仙台城に入城し、遂に奸賊たる薩長討伐の令旨を発し、さらに、会議所から公議府と名前を変えた白石城に入り、奥羽越列藩同盟の盟主に就任する段取りとなったのである。いわば、北方政権の誕生である。

 が、その一方で秋田藩の離反からはじまる同盟のなしくずし的崩壊がはじまる。

 その中で文十郎は、多くの民百姓の辛苦を顧みぬ武士の面目を保つための戦いになりつつあることを深く後悔。これが結末近くの感動への伏線となって活きてくるのである。

 しかし、このような有様と成り果てつつも、新政府軍に救けてもらおうと、奸党派=主戦派狩りを行う背信の徒が横行する。

 そして、最後まで、人間の善悪と欲望が交錯する戦いの果てに空高く飛ぶものは何か――。

 知られざる史実を描破し切った労作に頭を下げずにはいられない。

※知られざる北の戦い――縄田一男 「波」2019年12月号より

新潮社 波
2019年12月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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