静寂から音楽が生まれる…アンドラーシュ・シフ著 春秋社

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静寂から音楽が生まれる

『静寂から音楽が生まれる』

著者
アンドラーシュ・シフ [著]/岡田 安樹浩 [訳]
出版社
春秋社
ジャンル
芸術・生活/音楽・舞踊
ISBN
9784393936023
発売日
2019/09/07
価格
3,300円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

静寂から音楽が生まれる…アンドラーシュ・シフ著 春秋社

[レビュアー] 通崎睦美(木琴奏者)

 現代最高のピアニストの一人、アンドラーシュ・シフの音楽と人生を知る一冊。第1部はジャーナリスト・著述家のマーティン・マイアーによるインタビュー。第2部にはシフのエッセイがまとめられている。

 ブダペストのユダヤ系一家に生まれたシフは、5歳からピアノを始め、14歳で彼のために特別に作られたリスト音楽院の予備クラスに入学する。ここのレッスンシステムが興味深い。週2回、アシスタントが楽曲分析をしながら細やかなレッスンを行う。それを踏まえ、週1回、伝説的なピアノ科教授パール・カドシャが全体を見渡したレッスンをする。この理論と実践の連携が今のシフの基礎となっているのだろう。ちなみに、アシスタントが、後にハンガリーを代表する作曲家ジェルジュ・クルターグだったのだから贅沢(ぜいたく)な話だ。

 シフは<偉大な作品はそれを演奏する者よりずっと偉大です>といい、自身の個性を主張するのではなく、あくまでも楽譜を徹底して読み込み作曲家の意図を表現することを信条とする。全ての表現はここが出発点となる。もう一人の師フェレンツ・ラドシュは、演奏の技術、響きに対する想像力、作曲家とその作品に対して無条件に敬畏(けいい)をもつことなどを説きシフに影響を与えた。辛辣(しんらつ)でシニカルな彼は、一度たりとも褒めなかった。口癖は<君がそこで弾いているのが何だか私には分かりません>。多くの女子生徒が涙し、二度と戻ってこなかった。シフの多彩な音色、見事な多声部の弾き分け。魔法のように生み出される音楽のアイディアと技術はあたかも天から与えられたもののような気がするが、その手法は努力によって得たものだとわかり、親近感が湧いた。

 生い立ちから始まり、国家と個人の問題、共産圏での演奏旅行の話、日々の練習が1時間ほどのバッハで始まることなど。その演奏と同じく時にチャーミングな語り口から、巨匠の素顔が垣間見られる。岡田安樹浩訳。

読売新聞
2019年12月1日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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