パリ左岸 1940-50年 アニエス・ポワリエ著

レビュー

1
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

パリ左岸

『パリ左岸』

著者
アニエス・ポワリエ [著]/木下 哲夫 [訳]
出版社
白水社
ジャンル
歴史・地理/外国歴史
ISBN
9784560097199
発売日
2019/08/31
価格
5,280円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

パリ左岸 1940-50年 アニエス・ポワリエ著

[レビュアー] 山本賢藏(作家)

◆自由な空気 交錯する人生

 パリのセーヌ川左岸、サン=ジェルマン=デ=プレ界隈(かいわい)。第二次大戦後、この「半径およそ一・五キロ圏内」で知識人が声を張り上げれば、その叫びは世界中に「谺(こだま)した」。サルトル、ボーヴォワール、カミュ、ベケット…三十人以上が綾(あや)なす大河ノンフィクション。「心象のコラージュ、宿命の万華鏡」から浮かび上がるのは、パリ左岸の空気感、その<自由>。

 著者はフランスのジャーナリスト・作家だが、本書を英語で書き、アメリカで出版した。自国を他者の目で突き放して見たかったという。物語は、一九四〇年ナチス・ドイツによるパリ占領という暗黒の前史から始まる。「パリの無傷の美貌は、精神の敗北によって購(あがな)われた」。戦後サルトルたちの政治参加は歴史の反省の上にあった。

 ひときわ印象に残るのは、ボーヴォワール。バイセクシュアルな恋愛生活がかなり踏み込んで描かれている。「誰の小道具でもない」彼女は「人生の精彩」を愛した。日中はホテルの自室で、緑色のインクで原稿を書き続け、外の屋台に並ぶアスパラガスの素敵(すてき)な束が赤い紙に包まれているのに気を留める。そんな日常がシャープな感性で蘇(よみがえ)り、本書の縦軸の一つになっている。『第二の性』をちゃんと読んでみよう…彼女が住んでいたオテル・ラ・ルイジアーヌの、廃墟(はいきょ)のような中二階の、古びた革のソファに座って、そう思う。

 ジュリエット・グレコとマイルス・デイヴィスの恋。サルトルが、なぜグレコと結婚しないのかと聞く。「不幸にするには愛しすぎているからね」とマイルス。その言葉の意味を後にグレコは渡米して理解した。レストランで彼が人種差別を受けるのを目の当たりにする。「この国ではぼくらのような付き合い方は無理なんだ」。グレコは回想する。「あの奇妙な屈辱感は決して忘れられないでしょう。アメリカでは、彼の肌の色がわたしにも露骨に目についた。パリではちっとも気にならなかったのに」。『死刑台のエレベーター』が聴きたい。マイルスを想(おも)って。

(木下哲夫訳、白水社・5280円)

1975年、パリ生まれ。ジャーナリスト、作家。パリとロンドンを拠点に活動。

◆もう1冊 

ドミニク・レスブロ著『パリ歴史文化図鑑-パリの記念建造物の秘密と不思議』(原書房)。蔵持不三也訳。

中日新聞 東京新聞
2019年12月8日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

  • このエントリーをはてなブックマークに追加