ノーベル文学賞候補常連作家が思春期の輝きを描く悲しく美しい物語

レビュー

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戦下の淡き光

『戦下の淡き光』

著者
マイケル・オンダーチェ [著]/田栗美奈子 [訳]
出版社
作品社
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784861827709
発売日
2019/09/13
価格
2,860円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

詩的な文章で思春期の輝きを描く 悲しく美しい物語

[レビュアー] 豊崎由美(書評家・ライター)

〈一九四五年、うちの両親は、犯罪者かもしれない男ふたりの手に僕らをゆだねて姿を消した〉

 毎年のようにノーベル文学賞候補に名が挙がるマイケル・オンダーチェの『戦下の淡き光』は、そんな一文から幕をあける。取り残されたのは、もうじき一六歳になる姉レイチェルと一四歳の〈僕〉。父親の仕事の都合で、一年間シンガポールに行かなければならなくなった両親は、“蛾”というあだ名の男を子供たちの後見人にし、旅立ったのだ。

“蛾”は家に大勢の人間を集め、そのうちの一人が“ダーター”だった。やがて、姉が地下室で、母が持って出たはずのトランクを発見する。“蛾”を問いただしても、「今はどこにいるかわからない」の一点張り。母は荷物も持たず、どこに行ってしまったのか。本当に帰ってくるのか。不安でいっぱいのレイチェルと〈僕〉は、とても堅気とは思えない“蛾”と“ダーター”に自らの安心と安全を託すより他なくなってしまうのだ。

 とはいえ、二人の怪しげな男との生活を綴った第一部が描くのは影ばかりではない。思春期の輝きも、オンダーチェの詩的な文章は鮮やかに描きだす。ドッグレースでいかさまを画策する“ダーター”の仕事の手伝いがもたらす昂揚感。アルバイト先で出会ったアグネスとの、心も体もひとつになる幸福な日々。でも、やがて悲劇が起き、母のローズが別の貌で姉弟の前に現れると──。

 第二部では、二八歳になった〈僕〉が、母親の正体に肉迫していき、幼かった自分にとって未知の女性であるローズにとってのキーマンとなる男性の存在を知る。その過程で、母親だけでなく、自分がかつて出会い、親しみ、愛した人たちすべてに別の貌があることを悟るのだ。悲しい。美しい。悲しい。美しい。この小説を読んだ後リフレインするふたつの言葉。最後のページから、なかなか外に出て行くことができない、これはそういう物語なのだ。

新潮社 週刊新潮
2019年12月12日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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