生と死の強烈なコントラストに引きつけられる戦争文学文庫3選

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  • 勇気の赤い勲章
  • 蒲団・一兵卒
  • キャッチ=22〔新版〕 上
  • キャッチ=22〔新版〕 下

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戦争文学が突き付ける生と死の強烈なコントラスト

[レビュアー] 石井千湖(書評家)

 百二十年以上前に書かれたとは思えない生々しさ。スティーヴン・クレイン『勇気の赤い勲章』(藤井光訳)は、ヘミングウェイも高く評価したアメリカ戦争文学の名作だ。〈赤い勲章〉とは名誉の負傷のこと。物語の英雄に憧れて南北戦争の北軍に志願したヘンリーを主人公に、戦場という環境が人間に与える影響を描く。

 ヘンリーという名前は会話に出てくるだけで、語り手は彼をただ〈若者〉と呼ぶ。他の兵士も〈やかまし屋の兵士〉〈のっぽの兵士〉といったあだ名を付けられている。個別の名前と顔を持つ人間なのに、みんなのっぺらぼうに感じられて不気味だ。命令に従って動き、行く手に何があるのか知らない。戦ってもどちらの軍が優勢なのかわからない。末端の兵士は誰とでも取り替えがきく存在だからこそ、自分もそこにいるような感覚で読めてしまう。

 若者が周囲を観察する目も解像度の高さも、臨場感をおぼえる所以だろう。青い軍服の隊列、宿営地を縁取る琥珀色の川、赤い奇妙な花のようなかがり火……色の表現がとりわけ鮮やかだ。しかし、前線から退却してくる兵士たちの頬からは色が消え、死体の顔は灰色。生と死が強烈なコントラストで迫ってくる。

〈男は戦闘で変身を遂げるのだ〉と教わり、期待に胸を膨らませながら入隊した若者は、夢想とはかけ離れた現実に落胆する。敵軍に遭遇すると慌てて逃げだす。負傷した兵士に〈どこをやられたんだ?〉と訊かれて焦るくだりは、滑稽だが悲しい。戦場とは、無事だったことを恥じなければならないおかしな環境なのだ。

『勇気の赤い勲章』の訳者あとがきによれば、語り口を設定する際に田山花袋「一兵卒」(岩波文庫『蒲団・一兵卒』に収録)を参照したという。日露戦争中、病に苦しむ兵士の最期を描いた短編だ。死に直面して泣きながら野を歩く兵士の目に映る風景が美しい。ジョーゼフ・ヘラー『キャッチ=22』(ハヤカワepi文庫)は、第二次世界大戦末期、不条理な軍規に振り回されつつ、生き延びようと奮闘する男の物語。戦場は正気と狂気を逆転させる。

新潮社 週刊新潮
2019年12月12日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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