「オルタネート」連載開始記念 加藤シゲアキ ロングインタビュー 作家生活十周年を前に——

インタビュー

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書籍情報:版元ドットコム

「オルタネート」連載開始記念 加藤シゲアキ ロングインタビュー 作家生活十周年を前に——

[文] 新潮社


加藤シゲアキの新作小説「オルタネート」が連載される「小説新潮」(新潮社)

二〇一二年一月、『ピンクとグレー』で鮮烈な作家デビューを果たした加藤シゲアキ。以来、数々の話題作を世に送り出してきた。作家生活十周年が見えてきた今、作家・加藤シゲアキが次に目指すものとは——

「作家・加藤シゲアキ」の誕生

――「小説新潮」への初登場、ありがとうございます。加藤さんをお迎えできてとてもうれしいです。

 いえいえ、こちらこそ。月刊誌での長編小説連載というのは初めてなので、いろいろと不安もありますが、みなさんに楽しんで読んでいただけるよう頑張ります。どうぞよろしくお願いいたします。

――加藤さんは2012年1月、『ピンクとグレー』(KADOKAWA)にてデビューされました。ジャニーズ事務所に所属している現役のアイドルが書いた小説ということで、当時とても話題になりました。小説を執筆しようと思われたそもそものきっかけは何だったのでしょうか。

 そうですね。いろいろな理由があるのですが、事務所のwebサイトでファン向けに書いていたブログの評判が良かったことが、仕事として文章を書くことを意識した最初のきっかけでした。「吾輩はシゲである」というタイトルのブログで、猫目線で僕を語るというスタイルの、ちょっと自虐的な内容だったのですが、これがけっこう好評で、エッセイやコラムの依頼が増えてきたんです。書く仕事って自分に向いているのかな、と思いました。

 でも本音を言うと、もともとはずっとフィクションに対する憧れがありました。エッセイだと自分のことを書かないといけないから、それに対して色々言われたりもするし、正直少し疲れてくることもあります。小説は自由でいいな、と二十歳くらいのころから漠然と思い始めました。実は、小説を書くこと自体は小学生くらいからずっとやっていたんです。僕は一人っ子で、家でテレビゲームをして過ごすことが多かったんですね。RPGが好きだったから、そういうフィクションの世界観を自分の中でも広げて小説を書いていました。家にあったワープロの「一太郎」を使って少しずつ書いていたのが創作の原体験ですね。でも、当時はなんとなく思いのままに書いていただけだったので、書き上げられたことはなかったです。

高校の授業を通して

――初めて書き上げた小説が『ピンクとグレー』だったんでしょうか。

 いえ、通っていた高校で「国語表現」という授業があって、その授業で書いた短編小説が初めてです。法学部に進学するつもりだったし、論文や文章を書けたほうがいいな、くらいの軽い気持ちで授業を受けたのですが、実際にやってみたらすごく楽しかったんです。やるからにはちゃんと評価されたいと思って、与えられた課題に対して匿名で発表することもありました。匿名だから誰が書いたか分からないんですが、先生や生徒からの評判が良くて、先生からは大きな花マルをつけてもらったりしました。小学生じゃあるまいし、高校生で花マルをもらうことなんてないじゃないですか。それが純粋に嬉しくて、書くこと、創作って楽しいなと思いました。

デビュー作『ピンクとグレー』へ


『ピンクとグレー』(角川文庫)

――『ピンクとグレー』を書かれたきっかけは何だったんでしょうか。

 ブログの評判は良かったんですが、自虐的な内容を含んでいたこともあって、少し書くことに疲れた時期がありました。小説で、直接的な自分のこと以外を書いてみたいと事務所に伝えたら「じゃあ書いてみたら」って。今考えると、アドバイスというか無茶振りでしたけど「来月までに書いて持ってきなさい」と背中を押してもらったんです。

――小説のテーマを芸能界にしようと思ったのはなぜですか?

 背中を押してくれた人が「せっかく書くなら自分の世界のことを書いたら?」とアドバイスをくれました。確かに、自分の周りの話が一番書きやすいし、僕が芸能の世界を書くことで読者の方にも興味を持ってもらえるんじゃないかなと期待した部分もあります。学生生活を過ごした渋谷を舞台に芸能の世界を小説で書くというのは、僕にとってとても自然な流れでした。

 書いていた当時は、この小説が最初で最後の作品になるかもしれないと思っていたんですよね。書く気がなかったわけではないんですが、誰かから依頼されて書いていたわけではないので、出版できる当てもなくて。だからそのときの自分のすべてを注ぎ込もうという意識はありました。自殺する人が出てくる小説というのも、この先何度も書けるものではないですよね。でも、これが最後かもしれないし、せっかくだから書きたいことを全部書いてしまおうと思って挑んだ作品です。

渋谷サーガ三部作


『閃光スクランブル』(角川文庫)

――二作目である『閃光スクランブル』(KADOKAWA)はすぐに書き始めたんですか?

『ピンクとグレー』の刊行時、書店回りをさせてもらったんです。CDを出してもCD屋さんを回ることはないのですが、出版の世界はそういうことがあるんですね。そこで書店員さんから直接感想を伝えてもらってとても励みになりましたし、「絶対に書き続けてください。書き続けてくれないと、応援し続けることができないから」と言われたんです。ああそうか、書き続けることが大事なんだと思って、その数ヶ月後には『閃光スクランブル』を書き始めていました。

――『閃光スクランブル』はパパラッチと女性アイドルというかなりスキャンダラスな二人が出てきますが。

 華やかで分かりやすい、エンターテインメント作品を書くということを強く意識しました。『ピンクとグレー』は冒頭が読み進めにくいという意見を聞いたりもしたので、それなら最初からアクセル全開で没頭できる小説を書いてやろうという気持ちがありました。


『Burn.-バーン-』(角川文庫)

――その約一年後、三作目である『Burn. -バーン-』(KADOKAWA)を刊行されました。これは家族が大事なテーマの一つになっていると感じました。

 渋谷を舞台にした小説を二作書いたとき、「渋谷サーガ」というコピーをつけて三作目までは渋谷を書こうと決めたんです。三作目はその完結編みたいな意識もありました。『ピンクとグレー』が幼なじみの男の子二人の友情、『閃光スクランブル』が男女の恋愛だったので、三作目はやはり家族かな、と。ちょうどそのころ、友達が結婚したり、子どもが生まれたりしていたのもあって、家族というのに改めて興味を感じ始めたタイミングでもあったんですよね。

――書いていて難しかった部分などありましたか?

 一作目、二作目と違って、自分の話ではないというのが難しかったです。僕は結婚もしていないし子どももいないので、その部分は想像で書くしかないんですよね。それまでの小説は二、三ヶ月で書き上げることができていたんですが、『Burn. -バーン-』についてはけっこう難航したのを覚えています。でも、ここが作家としての踏ん張りどころというか、自分のこと以外も書けるようにならないと、この先はもう書き続けられないと自らを奮い立たせるような思いもありました。この頃から、作家として書き続けていくことが、僕自身にとっても必要なんじゃないかという自覚が生まれてきたと思います。

――二作目、三作目と書き続けていくことで前作を超えなくてはというプレッシャーを感じることもありますよね。

 そうですね。三作目ということで、自分でもそれまでの作品と比較しながら書くことになりました。『ピンクとグレー』にはあった熱量のようなものが、今自分が書いているものには足りてないなと思って焦ったりもしていました。『Burn. -バーン-』には、自分に向けて書いた表現もけっこうあります。執筆をしていたパソコンに「頑張れ!」とか「諦めるな!」と書いた付箋をたくさん貼って、それを見ながら書いていましたね。まるで受験生みたいですよね(笑)。結果的に、一度燃え尽きかけた情熱をもう一度燃やせよ、という自分へのメッセージも込められた作品になりました。

新潮社 小説新潮
2020年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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