家族の命運 イングランド中産階級の男と女…1780~1850 L・ダヴィドフ、C・ホール著

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家族の命運

『家族の命運』

著者
レオノーア・ダヴィドフ [著]/キャサリン・ホール [著]/山口 みどり [訳]/梅垣 千尋 [訳]/長谷川 貴彦 [訳]
出版社
名古屋大学出版会
ジャンル
歴史・地理/外国歴史
ISBN
9784815809553
発売日
2019/08/01
価格
7,920円(税込)

書籍情報:openBD

家族の命運 イングランド中産階級の男と女…1780~1850 L・ダヴィドフ、C・ホール著

[レビュアー] 藤原辰史(農業史研究者)

 歴史学者の間では、言わずと知れた古典、待望の翻訳である。

 フランス革命の余波、ナポレオン戦争への参戦、経済的な危機を経験したイギリスで誕生した「中産階級」。産業革命と植民地支配を実質的に担っていくこの階級の理解なしには、19世紀はもちろん、20世紀のイギリスの興亡を論じることは不可能だ。この階級は、医者、著述家、農業経営者、聖職者、製造業者などを指し、豪勢な散財を繰り返して威厳を見せる貴族とは異なり、慎ましく、勤勉で、信仰心の篤(あつ)い層なので、銀行や地元での信用もある。かといって、労働者とも異なり、財産を持ち、一定の教養を身に付けている。

 本書は、工業都市バーミンガムと農村部のエセックスとサフォークで暮らしていた中産階級の遺(のこ)した膨大な史料を用いて、外からは成功者に見える中産階級の抑圧構造を暴いていく。とりわけ重視されるのは「男らしさ」と「女らしさ」というジェンダー規範と、「公」と「私」の形成だ。中産階級の人びとには、女性は家庭に入り、男性を支え、男性に従属するという規範があり、女性が独立した行動を起こすと「女らしくない」と押さえ込み、他方で、家族を守れない男を「男らしくない」としてこき下ろした。ここで排除されるのは、規範を逸脱する服を着る男女、頼りない男性、乗馬好きな女性、労働運動をする女性、市民団体に出席したがる女性、毅然(きぜん)と農業経営を指揮する女性などである。

 重要なのは、世界に冠たる国を支えたこの規範の内部はすでに矛盾含みだったこと。この階級の特徴である市場に頼る経済構造は、妻の家計のやりくりにかなり依存する。商業行為と宗教規範の矛盾に悩む男は、ますます妻に頼る。頼りながら妻や娘を束縛する家父長の矛盾は、結婚制度によって覆い隠されてきた。いまの日本社会に根深く存在する性差別の構造を知るためにも役立つ歴史書だ。山口みどり他訳。

 ◇Leonore Davidoff=英エセックス大名誉教授(故人)◇Catherine Hall=ロンドン大ユニバーシティーカレッジ名誉教授。

読売新聞
2019年12月8日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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