黒い豚の毛、白い豚の毛 自選短篇集…閻連科著 河出書房新社

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黒い豚の毛、白い豚の毛

『黒い豚の毛、白い豚の毛』

著者
閻 連科 [著]/谷川 毅 [訳]
出版社
河出書房新社
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784309207735
発売日
2019/07/26
価格
3,190円(税込)

書籍情報:openBD

黒い豚の毛、白い豚の毛 自選短篇集…閻連科著 河出書房新社

[レビュアー] 岸本佐知子(翻訳家)

 数年前、閻連科の『愉楽』を読んだ時はたまげた。身障者ばかりが暮らす山奥の村が、一念発起して特殊能力の雑技団を結成、稼いだ金でレーニンの遺体を購入して村おこしをもくろむ、という壮大なホラ話で、中国には凄(すご)い作家がいるものだ……と震えたのを覚えている。

 本書は、アジア圏で最もノーベル賞に近い作家と言われる彼が自ら選んだ短編集だ。

 表題作。寒村の貧しい若者が、車で人を轢(ひ)き殺したお偉いさんの身代わりになって服役するよう頼まれる。ひどい話? いやいや、彼にとっては権力者に恩を売って男を上げる願ってもないチャンス。降って湧いた“吉事”に、村はお祭り騒ぎと化す。「きぬた三発」では、村の有力者に妻を寝取られた男が、軟弱男の汚名をそそぐために、命をなげうって反撃に出る。閻連科的世界では、往々にして面子(メンツ)や党や経済状況が人の命よりも重く、その不条理が当たり前に受容されるさまが皮肉をこめて描かれる。

 「革命浪漫主義」では、いい歳(とし)をしてまだ結婚できない気の毒な中隊長のために、軍をあげて嫁探しプロジェクトが組まれ、とある美女が、別人の写真と恋文に釣られて都会からはるばるやって来る。だまされたと気づいた彼女は泣き叫んで帰ろうとするが、またぞろ軍総出の引き止め作戦が開始される。軍がまるで一つの生き物のように動く不気味さ、MeTooもへったくれもない展開に、背筋がぞわっとなった。

 中国の不都合な素顔を描いてたびたび発禁の憂き目に遭ってきた閻連科さん。けれども彼の書くものは飄々(ひょうひょう)として、どこかおとぎ話の味わいがある。ああ、そして表現が本当に美しいのだ。殺される豚の〈真っ赤に滴る叫び声〉。時間は〈牛の歩みのようにポックリポックリ〉過ぎる。冬の枯れ草は〈少し明るく灰色がかった〉匂い。麦の緑は〈天から落ちてきた色であるかのように畑に浮か〉ぶ。永遠に読み終わりたくない、文章の愉楽だ。谷川毅訳。

読売新聞
2019年12月8日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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