龍彦(たつひこ)親王航海記 礒崎(いそざき)純一著

レビュー

2
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

龍彦親王航海記

『龍彦親王航海記』

著者
礒崎 純一 [著]
出版社
白水社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784560097267
発売日
2019/10/31
価格
4,400円(税込)

書籍情報:openBD

龍彦(たつひこ)親王航海記 礒崎(いそざき)純一著

[レビュアー] 菅野昭正(世田谷文学館館長)

◆異端文士の生涯 照らす

 生い立ちから五十九歳で早世するまで、澁澤(しぶさわ)龍彦の遺(のこ)した特異な文筆家としての生涯の航跡を、丁寧にたどった伝記である。人柄やら生活やらをめぐって、そして言うまでもなく数多くの文業について、微に入り細をうがった虚飾のない筆致で、観察が進められてゆく。どの面を俎上(そじょう)にのせるときでも、主要な大筋をきっちり跡づけようとする配慮が凝らされている。それはいわば伝記の中枢を固めてゆく作業だが、その上で見過ごしてはならないのは、龍彦親王の事績を扱った論評はかなりの数にのぼるはずだが、これまであまり触れられたことのない話題が、拾いあげられていることである。とりわけ人生の履歴の細目に関して、ほとんど知られていなかった事柄まで、筆を伸ばしていることが注目される。

 こうして新しい浩瀚(こうかん)な伝記が世に送りだされることになったが、この航海記が終始よく整った形を保ちつづけたのは、著者の選んだ独自の書きかたの成果であるのは間違いない。

 その書きかたの基本は、親密な交流のあった面々が折々に記した文章などを精選、いわば証言として活用し、澁澤の人間像や作品の特質を照らしだす方法である。著者の恣意(しい)に歪(ゆが)められたりすることなく、冷静な客観性に裏づけられたその方法の効力によって、信頼に値する伝記が作りだされる。そう確認した上で、各種の澁澤批判の言説に目配りされていることも、書きそえておくほうがよかろう。

 ここで、サドを本格的に論究する異端の文士として、澁澤の名が知られた一九六〇年前後から、既成の文化への不信や異議が急速に高まりはじめた事実を思いだそう。文化のさまざまな領域で中心らしきものが失われ、空位時代が到来する。古今東西の妖人奇人を相手どって、綺想(きそう)、倒錯、背徳の興趣に深入りする澁澤作品は、そういう時代であるからこそ、多くの読者に好んで迎えられたのだ。これまで無視されがちだったそうした時代性まで、この『航海記』は視野をひろげているのである。

(白水社・4400円)

1959年生まれ。編集者。『書物の宇宙誌 澁澤龍彦蔵書目録』を編さん。

◆もう1冊 

菅野昭正編、巖谷國士(いわやくにお)、池内紀(おさむ)ほか著『澁澤龍彦の記憶』(河出書房新社)

中日新聞 東京新聞
2019年12月15日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

  • このエントリーをはてなブックマークに追加