楽天性とバイタリティに富む痛快な「お嬢さん」
[レビュアー] 梯久美子(ノンフィクション作家)
【前回の文庫双六】波瀾に満ちた喜劇王の後半生――川本三郎
https://www.bookbang.jp/review/article/598261
***
犬養毅首相が殺害された五・一五事件。一九三二年のこの日、もう少しでチャップリンまで暗殺されるところだったと知って驚いた。チャップリンが亡くなった七七年に高校生だった私にとって、彼は同時代人のイメージがある。対して五・一五事件は当時すでに歴史の教科書の中の出来事だった。
運命の日、チャップリンを大相撲に連れていき、結果的に彼の命を救った犬養毅の子息、犬養健。彼は政治家になる前は小説を書いており、娘の犬養道子も長じて文筆家になった。
少女時代を回想した『花々と星々と』、その続編の『ある歴史の娘』は、犬養家とそれを取り巻く人々(尾崎秀実や芥川龍之介とのエピソードもある)を描いて抜群に面白いが、残念ながら両方とも現在は入手困難。文庫で読めるのは、五八年に刊行された『お嬢さん放浪記』である。
犬養道子は27歳だった四八年に留学生としてアメリカ・ボストンに渡った。その後、本来の目的地だったヨーロッパへ移り、五七年に帰国。その間の出来事を綴った本書はべストセラーになった。
小遣い稼ぎのために日本の現状を講演することを思いつき、たまたま聞いたラジオに出ていた著名な女性新聞記者に売り込みにいく。とんとん拍子に話は進んでニューヨークやフィラデルフィアにも呼ばれるようになるが、なんと結核にかかってしまう。だが彼女はめげない。入院したサナトリウムの隣室に見舞いに来た海軍士官からパラシュートの紐を調達し、ベルトを編んで販売するのである。
これが評判になり、ロザリオ作りに手を広げて大いに儲けるが、ある日、警官が踏み込んでくる。留学生が商売をするのは違法だというのだ……。
恵まれた境遇の「お嬢さん」ならではの楽天性とバイタリティで世界を広げていく姿は痛快で、70年も前の話なのに、驚くことに今読んでも少しも古くない。現代の若い女性にぜひ読んでほしい一冊だ。