[本の森 SF・ファンタジー]『ウナノハテノガタ』大森兄弟

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ウナノハテノガタ

『ウナノハテノガタ』

著者
大森兄弟 [著]
出版社
中央公論新社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784120052125
発売日
2019/07/09
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

[本の森 SF・ファンタジー]『ウナノハテノガタ』大森兄弟

[レビュアー] 北村浩子(フリーアナウンサー・ライター)

 人間誰しもが持つライトな狂気を、絶妙なさじ加減で物語に入れ込む大森兄弟。実の兄と弟が交互に執筆するスタイルで作品を仕上げるユニットだ。久しぶりに発表された新作『ウナノハテノガタ』(中央公論新社)の舞台は、なんと原始時代だった。

 主人公は、浜辺に住む「イソベリ」の少年オトガイ(オト)。彼は、地震で落ちてきた岩に直撃され息をしなくなった母ザイガイを背負い、父カリガイの漕ぐ舟で島へ運ぼうとしていた。動かなくなったイソベリは島で魚に変わる。皆そう信じていた。母もこれから魚になるのだとオトも思っていた。運び役をひとりで担ってきた父とともに、オトは初めて島へ渡る。しかしそこにあったのは、これまでに運ばれてきたイソベリたちの朽ちた姿だった――。

 島で見たことは誰にも言うなと父に言い含められるが、家族を島へ送った仲間にあれこれ聞かれ、オトは困ってしまう。そんな彼の前にあらわれたのは、見たことのない毛むくじゃらの生き物。森の奥に独居する長老ウェレカセリは、その生き物を山に住む「ヤマノベ」の女マダラコだと言い、離れて暮らしていたイソベリとヤマノベが〈つながってしまった〉〈交わっては離れてを繰り返してきた〉〈わだかまっては災いを引き寄せる〉と不吉な予言を口にする。

 昔話の多くがそうであるように、この物語は抽象的な言葉を極力使わずに書かれている。生死の概念を持たないイソベリが、火葬や武器といった「死を可視化」するヤマノベと交わってしまったことで起きる出来事は、人類が倦まず繰り返してきた典型的な悲劇だ。しかしそれがありきたりでないのは、「死の存在」を嗅ぎ取っていたカリガイとオト親子の苦しみが、徹底してオトの五感がとらえたものを文章化することで描き出されているから。子を宿している自分を生贄にしようとした同族に復讐するため、イソベリに死を「認識させた」マダラコと、認識させられたイソベリの悲しみの違いもくっきりと感じ取れる。

 全九章の八章までは、その章で命を落とす人物(生き物)の名前がタイトルになっているが、最終章にはマダラコが生んだ赤ん坊の名前が冠されていて、イソベリとヤマノベの共存への希望を感じさせる。ウナ(海)、マナフタ(まぶた)、ダンマリ(沈黙)など、解読の楽しみを味わわせてくれるカタカナ語彙と体言止め、野性的な響きのオノマトペを効果的に使いながら、生き物と自然しかない原始の世界に読者を分け入らせる著者の手腕はさすがだ。海の果てにあるユートピア的な場所としてカリガイがオトに話したことのある「ウナノハテノガタ」が何であるかを、オトが心の中で力強く定義するラスト五行にぜひ胸を熱くしてください。

新潮社 小説新潮
2020年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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