わたしのいるところ…ジュンパ・ラヒリ著 新潮クレスト・ブックス

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わたしのいるところ

『わたしのいるところ』

著者
ジュンパ・ラヒリ [著]/中嶋 浩郎 [訳]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784105901592
発売日
2019/08/23
価格
1,870円(税込)

書籍情報:openBD

わたしのいるところ…ジュンパ・ラヒリ著 新潮クレスト・ブックス

[レビュアー] 村田沙耶香(作家)

 二十年以上住んでいる街に、私は毎日帰っていく。大学時代アルバイトをしていたコンビニエンスストアは潰れ、当時の仲間ももう近くに住んではいない。私は、自分の孤独を慈しむようになってきている。ずっと書きたかった小説がある。創作ノートに、「孤独が人生を豊かにしてくれた」という登場人物の台詞(せりふ)を走り書きし、放っていた。その小説を書く必要はなくなった。孤独は、もっとずっと深い形で物語になって、私の本棚におさまったからだ。

 『わたしのいるところ』は、子供時代から同じ町に住み続けている四十代の女性の日常を、静かに描いている小説だ。四十六の章には、それぞれ彼女が「いるところ」での眼差(まなざ)しからみた光景が綴(つづ)られる。「道で」「ネイル・サロンで」「レジで」「日だまりで」。それらは最初、連続しているというより、重なっていく印象を与える。彼女の感情が、記憶が、観察が、細部の描写によって重ねられることで、彼女の日常は、まるで本当に生きている人間のそれのように、厚みを増していく。大きな事件はない。けれど彼女の日常の細部は、破片ではなくそこから繋(つな)がる時間や世界をしっかりと感じさせる。私たちが「日常の瞬間」と気軽に呼ぶ何気ない出来事が本当はそうであるように、この街で積み重ねてきた時間と、記憶と、すれ違う人々と、彼女自身の精神と、深く繋がっている。

 「孤独」は彼女の日常にいつも佇(たたず)んでいる。彼女の母親のように、それを悪夢やスズメバチででもあるかのように振り払う人はたくさんいるだろう。けれど、孤独でなければ見えなかった世界が、ここにはある。

 彼女の孤独が照らす世界はとても愛(いと)おしい。彼女が愛する詩の本をそうしているように、私も、本棚に、この本を大切に並べる。孤独でなければ、こんなにこの本を愛することはなかった。やはり孤独は、私の人生のかけがえのない一部である、と呟(つぶや)いている。中嶋浩郎訳。

 <注>原題は「Dove mi trovo」です。

読売新聞
2019年12月15日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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