四隣人の食卓 ク・ビョンモ著
[レビュアー] 野崎有以(詩人)
◆「健全」を演じて湧いた疑問
私は家政学の研究をしているが、原点は家庭をはじめとするあらゆる場所に「健全さ」を当たり前のように求める世の中に対して抱いた違和感にある。家庭科の教科書でも多様性を認める記述は増加傾向にあるものの、依然として「健全な家庭」が何の疑問もなく受け入れられている。本書の登場人物の一部は、悶々(もんもん)と過ごす日々のなかで、建前と化した理想をとるのか、それとも本当に大切なものを守るのかの選択を徐々に迫られていく。
本書の舞台は政府主導の若い夫婦向けの「夢未来実験共同住宅」であり、入居条件は家族が全員健康であること、十年以内に子供を三人持つ等である。登場人物は共同住宅に入居した四家族だが、結束を深めるために共同で炊事や育児をする。時折爆発しそうな不満を隣人に対して抱くが、波風を立たせないように感情を封印する。印象的なのはシユルという五歳の女の子だ。シユルは共同育児をろくにしない大人たちに代わって自分より幼い子供たちの面倒を見るが、喧嘩(けんか)に巻き込まれて怪我(けが)をしてしまう。だが、父親のウノは怪我をしたシユルも悪いのだとシユルの気持ちを無視する。他の家族との関係を維持するために大切なはずの娘を犠牲にする姿には、ぞっとするものがあった。
「健全さ」の正体とは何なのか。それは国全体を俯瞰(ふかん)したときに、大きな問題もなくとりあえず世の中が回っていることなのではないか。巨大なものに「異物」としてはじかれまいとするために「健全さ」を保持するのではないか。四家族が様々な我慢を強いられながらも共同住宅に住む努力を続けるために「健全な」家庭を演じた姿には、あやつり人形のような滑稽さを感じた。子供を三人出産するなど、人生だけでなく生命にかかわるような要求ですらのみ込んでしまう。
本書の後半、シユルの母親ヨジンは、「ママが悪かったね」とシユルを抱き上げ、自宅に戻り、子供を三人産むことについての誓約書をビリビリに破く。あやつり糸の切れた音がした。
(小山内(おさない)園子訳、書肆侃侃房(しょしかんかんぼう)・1760円)
韓国の作家。2008年『ウィザード・ベーカリー』でチャンビ青少年文学賞を受賞。
◆もう1冊
チョ・ナムジュ著『82年生まれ、キム・ジヨン』(筑摩書房)。斎藤真理子訳。