証言 治安維持法「検挙者10万人の記録」が明かす真実 NHK「ETV特集」取材班著

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証言 治安維持法「検挙者10万人の記録」が明かす真実 NHK「ETV特集」取材班著

[レビュアー] 麻生晴一郎(ルポライター)

◆拡大適用を許した曖昧文言

 大正末期の一九二五年から終戦まで運用された治安維持法の名はよく知られるが、どのような人がどのぐらい検挙されたかといった全体像は今なお不明なのだという。本書は、検挙・起訴された人々のデータベース作りを続ける西田義信さんのデータや当時の警察・検察関係の公文書、当事者や家族らの証言などを集めて法の全体像に迫ったテレビ番組を書籍化したものだ。

 治安維持法は時の経過と場所により性格を変えていった。社会主義が盛り上がりを見せていた成立当初は、天皇制や資本主義を守るために共産党関係者を取り締まる法律だったが、朝鮮など外地では民族独立の動きが対象にされ、日本の植民地支配への反対者を抑えつける働きをした。

 その後、二八年の法改正で日本国内でも共産党と関係ない活動も対象にし得る目的遂行罪が加えられ、適用範囲が拡大していく。証言者の一人は、自分たちの生活を絵に描いただけで捕まり、取り調べでは無理やり共産党への関心を自白させられ有罪に追い込まれた。裁判官も対象になるなどして歯止めが利かず、やがて戦時体制を思想弾圧の形で支える法律に姿を変えた。

 こうした変化からわかるのは、その時々の為政者の思惑によって、なしくずし的に適用範囲が拡大されかねない、思想を取り締まる法律の曖昧(あいまい)さが持つ恐ろしさである。

 本書で評価したいのは、当時罪に問われた人々が今も国による謝罪や賠償、調査を求めて続ける国会請願活動や、戦後の治安体制に与えた影響に触れ、治安維持法の現代における意味を問うた点だ。改正組織犯罪処罰法(二〇一七年に成立)に新設されたテロ等準備罪(共謀罪)を治安維持法と同一視することはできないにせよ、同法案の質疑で当時の金田勝年法相は治安維持法に基づく勾留・拘禁・刑の執行について「違法があったとは認められません」と語っており、将来に不安を感じさせる。隣の中国では、具体的な根拠が明かされないままスパイ罪などで捕まる日本人も出ている。現代と無縁な問題ではないはずなのだ。
(荻野富士夫監修、NHK出版新書・990円)

荻野 小樽商科大名誉教授。ETV特集「自由はこうして奪われた」は2018年8月放送。

◆もう1冊 

荻野富士夫著『治安体制の現代史と小林多喜二』(本の泉社)

中日新聞 東京新聞
2020年1月5日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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