• 約束された移動
  • 74歳の日記
  • 龍彥親王航海記 : 澁澤龍彥伝
  • 時をかける台湾Y字路
  • 「松本清張」で読む昭和史

書籍情報:openBD

川本三郎「私が選んだベスト5」

[レビュアー] 川本三郎(評論家)

 恋愛にも人生論にも関心がない。小川洋子文学の魅力は日常のなかにある隙間からもうひとつの世界を見ること。

 長編『小箱』に続く短編集『約束された移動』も不思議な話の“小箱”。

 ハリウッドのスターが豪華ホテルに泊るとなぜかいつも備えつけの書棚から本が一冊消えているという表題作から引き込まれる。

 ホテルの客室係、病院の案内係、デパートの迷子係など主人公が現実社会の傍役なのも面白い。

74歳の日記』は『独り居の日記』以来、日本にも大人の愛読者の多いベルギー生まれでアメリカで暮した詩人、作家の六冊目になる一人暮しの日記。

 脳梗塞に倒れ、一時は詩を書く元気もなくした女性が、仕事をすることによって回復してゆく。

 老いの一人暮しには静かな家と花が咲き、鳥が訪れる庭がいかに大事か。家と庭が豊かな孤独を支えている。

 澁澤龍彦は没後三十年以上になるのにいまも読み続けられている。凄いことだ。

 最晩年に担当者だった礒崎純一の『龍彦親王航海記 澁澤龍彦伝』ははじめての浩瀚な伝記。実生活と作品の両方を押さえている。

 初恋、最初の結婚の失敗といった私生活から、サド裁判、三島由紀夫との交流へとひとつの青春記にもなっている。

 数多くの澁澤論を参照、引用しながら澁澤の魅力が「精神の貴族」にあることを語ってゆく。

 台湾の町にはY字路が多い。言われてみれば確かにそうだ。栖来ひかり『時をかける台湾Y字路』は、散歩者としての著者が、台湾各地を歩き、なぜ台湾にはY字路が多いか、その歴史を探ってゆく。新鮮で異色の台湾本。

 松本清張を語るのは難しい。昭和史から古代史まで幅が広いから。原武史『「松本清張」で読む昭和史』は適切な著者を得た好著。

新潮社 週刊新潮
2020年1月2・9日新年特大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク