中江有里「私が選んだベスト5」
[レビュアー] 中江有里(女優・作家)
刷り込まれた常識や当たり前の価値観が全部解体され、再構築されるよう―テッド・チャン『息吹』に収められた九編のストーリーに衝撃を受けた。冒頭「商人と錬金術師の門」は変えられない過去へタイムトラベルする男が登場する。アラビアンナイトを彷彿させる構成と、過去を確かめにいった男の思いに胸がいっぱいになった。AIのペットと人間の関係を描いた中編「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」は、実際にあった電子ペットの葬儀を思い出したが、まさにこれから起こる出来事かもしれない。超短編「予期される未来」の破壊力で本書が日本で刊行された令和元年を思い出しそうだ。
小川糸『ライオンのおやつ』の主人公は末期がんの女性。“ライオンの家”というホスピスで過ごす日々が綴られる。
「おやつを前にすると、誰もが皆、子どもに戻る」
おやつの思い出、エピソードも味わい深いが、主人公自らの視点で死にゆく過程を追ううちに、自分の最期はどうなるのだろう、と考えずにいられなかった。
高橋秀実『パワースポットはここですね』は著者がパワースポットを巡りながら、そこがパワースポットと呼ばれる所以を追っていく。神社仏閣はもちろん、手を合わせ、頭を垂れて祈る場所があることが、人の心の安寧につながるのかもしれない。
『魔女の宅急便』の作者・角野栄子『「作家」と「魔女」の集まっちゃった思い出』。子ども時代のエピソードに名作の原点を見る。好奇心旺盛な八十四歳の日常に刺激を受けた。
堀本裕樹『桜木杏、俳句はじめてみました』は、俳句を始めたい人にとくにおすすめ。句会の進め方と淡い恋物語が相まって、心があたたかいものに包まれる。「省略の文学」の魅力が満載。