年初に考える2020年代の働き方とは? 「幸せな経営」は、もうきれいごとではない

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幸せな職場の経営学

『幸せな職場の経営学』

著者
前野 隆司 [著]
出版社
小学館
ジャンル
社会科学/経営
ISBN
9784093886901
発売日
2019/05/30
価格
1,540円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

年初に考える2020年代の働き方とは? 「幸せな経営」は、もうきれいごとではない

[レビュアー] 前野隆司(慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授)


前野隆司

 最近の講演依頼で増えているテーマが、「幸せな働き方」です。
 それにしても、なぜ工学博士の僕が働き方の研究をしているのでしょうか。
 もともとロボット研究から人間の「心」の研究を始めたことがきっかけです。人はどんな状態が心地よいかと研究しているうち、人の感じる価値には様々ある中で、最上位はやはり「幸せ」だと思った。そこで幸せを科学的に追求する研究を始めました。
 さらに心理学や教育学、経営学などと結びつけ、幸せを多方面から研究しています。

 でも、なぜ経営に幸せの観点が必要なのでしょう?
 人は幸せな状態では、創造性が3倍、生産性は31%、売上は37%高くなるというデータがあります。幸せな人はそうでない人に比べて良好な人間関係を持ち、転職率や欠勤率が低い傾向もある。また幸せを感じると、視野が広くなるという研究結果もあります。視野が広くなるということは、大局的な判断ができるということ。
 ですから、働く人が幸せになると職場や会社にもメリットがあるというわけです。

 むしろ、旧来のピラミッド型組織では創造的なアイデアが生まれ辛いのが現状です。
 情報格差が顕著でピラミッドの頂点に知恵が集まった時代から、短期間で最先端の状況が入れ替わる時代になりました。少数のトップの知恵に依存するより10人、100人、1000人の知恵を融合し、それぞれの強みを引き出せる組織の方が強い。オープンイノベーションが進む今は、ピラミッドの中に答えはないのかもしれません。

 では、働く人が幸せな職場とはどんな職場でしょうか?
 もちろん業態や社風による違いはありますが、国内外の幸せな職場を研究してきた結果、大きな共通項になるのはメンバーの「主体性」を活かす組織です。
 上司が部下を放っておく組織は論外ですが、上から目標を押し付ける組織も問題です。最近よくあるのが、経営者がやる気になって目標設定の勉強会に行き、頑張って目標を決め、押し付けられた現場の部下たちが疲弊している、という構図です。
 上が設定した目標を部下に押し付けるのでは、「やらされ感」だけを感じてしまいます。どんな状態であれ、人は「やらされ感」を感じる時点で幸せではありません。
 目標設定はいいのですが、同時に、社員のやる気をいかに醸成するかが大事です。
 目標設定の勉強会に行くなら、トップだけでなく現場の者にも行ってもらうとか、現場の人が主体的に動く仕組みを考える。リーダーに必要なのは、今の職場はメンバーが自らやってみようと思える職場になっているかどうかを考えてみることです。

 ところで、拙著『幸せな職場の経営学』(小学館)で取り上げた伊那食品工業(長野県)は、私が見てきた中でダントツに幸せな会社です。
 この会社の大きな特徴は、社員の自主性を尊重していること。会社の売上目標はなく、課ごとに自分たちで目標を設定しますが、目標にも達成度にも経営陣は一切タッチしません。それでも48期連続の増収増益をあげています。
 この話をすると、一部の中小企業だけにできることだという声も上がりますが、この伊那食品工業は社員が470人います。
 また、この経営のあり方に賛同しているのが、トヨタ自動車(愛知県)の豊田章男社長です。前会長で最高顧問の塚越寛さんの『末広がりのいい会社をつくる 人も社会も幸せになる年輪経営』(文屋)を「私の教科書」と言い、豊田社長ご自身も塚越さんのお話を何度も聞きに来られています。

『幸せな職場の経営学』で紹介したヤフーやユニリーバ・ジャパン・ホールディングス(ともに東京都)も大企業ですが、制度を整えて社員の幸福を目指しています。
 稲盛和夫さんが創業された京セラ(京都府)も、全社員の物心両面の幸福を目指す大企業ですね。稲盛さんはそのためには社員の幸せが第一だと仰っています。

 一方、中小企業でも、幸せな会社にするのは難しいという声もあります。
でも、寒天の国内シェア8割を占める伊那食品工業も、以前は業界最下位でした。塚越前会長が売上より社員の幸せを考える経営にシフトすると、徐々に売上が伸びていったのです。寒天ブームの際にも無謀な経営を戒め、増産するための設備投資はしませんでした。結果、設備投資をした会社は利益を出しましたが、後に過剰投資で潰れていきました。

 伊那食品工業も、他の幸せな企業も、アイデア力に優れているところが少なくありません。幸せな会社の経営陣と話すと、「ただ社員の幸せを考えているだけ」と謙虚に言う方が多いのですが、そもそも人の幸せを考えるのって大変なことです。
 たとえば、社員満足度日本一の企業として評価される西精工(徳島県)の西泰宏社長は、稲盛和夫さんが作られた盛和塾に行って開眼し、社員をまず幸せにすると考えたら、結果として利益も付いてきたと仰います。
 でも、この会社の製品は独創性に溢れ、国産車でこの会社のネジが使われていない車はほとんどないと言われるほどの強みを持っています。
 こうした組織では、トップだけでなく社員からも多数のアイデアが出ているのです。
 ティール組織として有名なダイヤモンドメディア(東京都)も、地域社会への貢献活動を大事にしている都田建設(静岡県)も、社員一人ひとりが自分たちの会社や地域を幸せにするアイデアを出し合っています。

 こういう結果だけ見て、「いや、創造性が高いから幸せになったのだろう」と思いたくなりますが、僕はやはり、幸せな人は不幸な人より創造性が3倍高くなると強調したいですね。経営者も社員も幸せになったら、人間も組織も成長し、アイデアが3倍出て、結果的に新製品も出て業績も上がった。その順番の方が多いのですから。
 利益追求だけを考える人にこういうことを言っても、「きれいごと」だと理解してもらえないこともありますが、幸せな組織を見ると結果的にそうなっています。
 そして今、各地でどんどん幸せな組織が生まれ、成果を上げているのです。

 2024年から1万円札の顔になる渋沢栄一が注目されていますが、伊那食品工業の塚越前会長は経営と地域作りの両立が評価され、埼玉県から渋沢栄一賞を授与されました。
 渋沢は、論語(理念)とそろばん(経済効率)と言いました。理念と経済効率の両立は幸せな経営にも通じます。
 むしろ経済効率を考えるなら、理念の根本を見直すときが来ているのです。
 幸せな経営は、もはや「きれいごと」ではありません。2020年代には、社員、顧客、地域、社会など多くの人の幸せを考える経営こそ必要なのです。

 ※トークイベント(文屋主催。2019年12月1日、八重洲ブックセンター)の講演要旨

小学館
2020年1月14日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

小学館

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