小さな場所 東山彰良(あきら)著

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小さな場所

『小さな場所』

著者
東山 彰良 [著]
出版社
文藝春秋
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784163911212
発売日
2019/11/14
価格
1,650円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

小さな場所 東山彰良(あきら)著

[レビュアー] 千街晶之(文芸評論家・ミステリ評論家)

◆少年が見た猥雑で魅力的な街

 東山彰良の小説には『流』『僕が殺した人と僕を殺した人』のように、自身の出身地である台湾を舞台にしたものがある。連作短篇集『小さな場所』もその系譜に属しており、日本と台湾で同時に発売された。

 台北の、刺青の彫り師たちが集まっている紋身街(もんしんがい)。主人公は、食堂の息子である景健武(ジンジェンウ)、みんなからは「小武(シャオウ)」と呼ばれている少年だ(物語のスタート時点で九歳)。主な登場人物には彼の同級生たちもいるものの、多くは紋身街で生活する大人たちである。

 確固たる信念を持った彫り師のニン姐(ねえ)さん、反対に拝金主義者で依頼に応じてどんな刺青でも彫るケニー、タピオカミルクティー売りの阿華(アファ)、孤独(グウドウ)という綽名(あだな)の探偵…小武は彼ら大人たちとの交流の中で、さまざまな出来事を見聞きし、いろいろな人々とめぐりあう。顔に刺青を彫ってほしいとニン姐さんに依頼した女、土地の神様の家出騒動、密(ひそ)かにラップを歌っている小学校教師…数多くの悲喜劇が小武の前を通りすぎてゆく。

 エピソードの中には暴力的なものもあるが、それもまた日常といった趣がある。まだ子供の小武にとっては、紋身街というちっぽけな街が全世界に等しい。だが、冒頭一ページ目の記述からも明らかなように、小武は大人になってから少年時代のことを振り返って語っている。自分の身の回りの環境だけが世界ではないことを知ってしまった大人が回想する、まだ小さかった世界。そのノスタルジーが、すべてのエピソードに潤いを与えている。

 それにしても本書に登場する大人たちは、どんな情けないチンピラであってもどこか憎めない。彼らは狡猾(こうかつ)だったり強欲だったり女性にだらしなかったり、それぞれ弱点を抱えながらも、小武にこの世界の秘密や真実を垣間見せてくれる。第五話「天使と氷砂糖」のように、日常性から大きく逸脱した幻想的な物語もあり、そのことが作中の世界の豊饒(ほうじょう)さを倍増させている。

 猥雑でありながら魅力的な街を描いた、瑞々(みずみず)しさ溢(あふ)れる短篇集だ。

(文芸春秋・1650円)

1968年、台湾生まれ。九歳の時に日本へ。作家。著書『罪の終わり』など。

◆もう1冊

リービ英雄著『模範郷』(集英社文庫)。幼少期を過ごした台湾の街をめぐる作品集。

中日新聞 東京新聞
2020年1月12日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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