「世界の見方が変わった」女優・大友花恋が失敗したときに救われた文庫3選

レビュー

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  • つめたいよるに
  • 放課後の音符
  • ざらざら

書籍情報:openBD

誰かを救う十分間

[レビュアー] 大友花恋(女優、モデル)


大友花恋

 駅で階段につまずいた昼間の自分を、シャワーを浴びているとふと思い出して、あーっと声をあげることがある。穴があったら入りたいなんて言葉では足りず、別の世界に逃げこみたくなる。

 そんなとき、私は本を読む。登場人物に降りかかる災難や心の深い部分に触れると、自分の恥ずかしい失態や悩み事がどれだけちっぽけか気づくことができる。美しい言葉に触れ続けたからか、読んだあと世界の見え方が鮮やかに変わることもある。

 短編集を好きになったのは、中学生のときだ。

 きっかけは江國香織さんの『つめたいよるに』。この本に収録されている「デューク」という短編が国語の教科書に載っていた。

「私」は飼っていた愛犬、デュークが死んでしまい泣いている。見知らぬ少年がそんな「私」を気遣ってくれたので、お礼をするために一緒にその日を過ごすことになる……。

 当時、私自身が愛犬をなくしたばかりだったということもあり一気に引き込まれ、何度も読み返した。少年の優しさや、読めば読むほど感じる切なさに心が震えた。たまらなく大好きだった。

 なぜ、この話はこんなにも私を魅了するのか。歌うような言葉やストーリーの素敵さはもちろんだが、それらが短編にすっきりとおさまっていることも大きな理由だったのだと思う。

 一話を読み終えるまでたったの十分。その十分間で私は救われた。愛犬のいない寂しさを、つめたいものからあたたかいものに変えてもらったのだ。

「デューク」が『つめたいよるに』に収録されていると知り、私は本屋に走った。

 他の話もこどもの夢のフルーツパフェのように、とびきりだった。逆三角形のガラスの器はどこか儚く、沢山のフルーツがここに収まっているなんて奇跡だ、と思う。さくらんぼもシロップの味のみかんの数も少ないかと思いきや、充分。そのくせ、食後の甘美な物寂しさったら。

 その贅沢を知り、私はすっかり短編集の虜となったのだ。

 山田詠美さんの『放課後の音符』を読んだときは高校生活の真っ最中だった。

 恋愛のことがよく分からない私に、この本は衝撃を与えた。十人十色の恋が、余すところなくきちんと詰め込まれている。幼馴染みに自分の恋の香りを悟られないようにする少女や、年上の女性に彼氏を奪われた少女が真っ赤な口紅を塗ってした決別のキスは、自分の周りにある話のようでいてどこか遠く、ドキドキした。

 ふらっと立ち寄ったお店で、店員さんに試しに大人な香水を吹きかけてもらう。今はここにあるのに、いつか消えてしまう繊細さ。自分がこんなものを知ってしまっていいのだろうかという背伸び感が、この本にも存分にあった。

 たまらなかった。喜びも怒りも悲しみも全て「うっとり」に包みこまれた短編集。憧れの恋愛はこの短編集のなかにある。

 憧れでなく日常の恋がしまいこまれているのは、川上弘美さんの『ざらざら』だと思う。

 ここに収録されている話は、他の短編よりも更に短めで、読みやすい文で日常を切り取っている。それだけだとなんてことない話に思えるが、間違いであることにすぐに気がつく。どの話も、ハスキーさと重力を持っているのだ。どこにそんな風に思う要因の言葉があるんだろう、と改めて探しても見つけられない。でも、読み終えると切なさに近い感覚に陥る。地元にしかないと思っていたファミレスをふいに見つけた感覚にも近い。なんてことない日常を改めて想うと、心がきゅっとなる。

 たった十分間できゅっとしながら、主人公の日々を追体験し世界の見え方が少し変わる。短編集にそっと救われ、私は歌なんて口ずさみながらシャワーを浴びるのだ。

 それは「デューク」で少年が心からのお礼を告げたことで「私」がふと前を向けた状況に似ている。

 この文章を読み始めて、そろそろ十分。この十分があなたの目の前の世界を少し軽やかに変える何かしらのきっかけとなりますように。

 ※[私の好きな新潮文庫]誰かを救う十分間――大友花恋 「波」2020年1月号より

新潮社 波
2020年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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