約束された移動…小川洋子著 河出書房新社

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約束された移動

『約束された移動』

著者
小川 洋子 [著]
出版社
河出書房新社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784309028361
発売日
2019/11/13
価格
1,650円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

約束された移動…小川洋子著 河出書房新社

[レビュアー] 栩木伸明(アイルランド文学者・早稲田大教授)

 どんな人にも秘密はある。本書に収められた短編小説が語るのは六つの内緒話だ。

 表題作はホテルの客室係が語る。彼女が担当する「ロイヤルスイート」にはハリウッド俳優Bがときおり泊まりに来る。Bはチェックアウトのさい、室内の備品である1000冊を超える蔵書から1冊を必ず盗んでいく。

 彼女はどの本が失われたかを毎回つきとめ、後追いの読書を続ける。密(ひそ)かに共有された読書体験が明らかにするのは、ガルシア=マルケスやコンラッドやサン=テグジュペリの本が異口同音に、「誰かがどこかへ移動してゆくお話」を語っているという事実。

 客室係は、チェックアウトした宿泊客の痕跡と出会い、毎日室内を新たにしつらえるのが仕事である。不在と向き合い、小世界を再構築するその行為は、本を読み継ぎ、それらの主題に連鎖を見出(みいだ)そうとすることに一脈通じている。ふと気がつくと、内緒話はぼくたちの胸の深いところまで届いている。

 村のナイトクラブに出演する人気歌手のことなら「何でも知っている」と密かに胸を張るのは「黒子羊はどこへ」に登場する託児所の園長。「巨人の接待」は、ヨーロッパから来日した文学的「巨人」と、その通訳を頼まれた「若造」との間に生まれる、暗黙の了解をめぐる物語だ。

 「ダイアナとバーバラ」の主人公は、ダイアナ妃の生前の写真から服やドレスを再現し、縫い上げたものを自ら着て歩く老女。「バーバラ」と名乗る彼女は日本人だが、自らをこっそり、英国の人気作家でダイアナ妃の義理の祖母、バーバラ・カートランドになぞらえて暮らしている。もろい作りごとをまとって生きる姿は傍目(はため)にはグロテスクにしか見えない。だが彼女の生きる力は思いの外したたかで頼もしい。

 その力の源はどこにあるのか。おそらくは、内緒話を温め、ときに小声で語り、耳を傾けることが、人間存在の根幹を支えているのだ。

読売新聞
2020年1月15日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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