[本の森 医療・介護]『勿忘草の咲く町で ~安曇野診療記~』夏川草介/『オカシナ記念病院』久坂部羊

レビュー

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勿忘草の咲く町で ~安曇野診療記~

『勿忘草の咲く町で ~安曇野診療記~』

著者
夏川 草介 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041084229
発売日
2019/11/28
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

オカシナ記念病院

『オカシナ記念病院』

著者
久坂部 羊 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041088210
発売日
2019/12/20
価格
1,870円(税込)

書籍情報:openBD

[本の森 医療・介護]『勿忘草の咲く町で ~安曇野診療記~』夏川草介/『オカシナ記念病院』久坂部羊

[レビュアー] 杉江松恋(書評家)

 現役医師でもある夏川草介がデビュー以来書き続けている〈神様のカルテ〉シリーズは、地域医療の現在を誠実な態度で描いた作品として多くの読者から支持されている。その夏川が、新しい医療小説の連作を発表した。『勿忘草の咲く町で ~安曇野診療記~』(KADOKAWA)である。

 舞台になるのは上高地の入口にある梓川病院だ。看護学科を出てから二年余、同病院で働いてきた月岡美琴の前に、研修医の桂正太郎が現れる。文字通り寝る間もないほどの熱心さで仕事に取り組む彼の姿勢に、美琴はいつしか好意を抱き始めていた。

 美琴と正太郎を交互に視点人物とする連作集で、梓川病院の一年間が描かれる。軸となるのは高齢者医療の問題で、第二話「ダリア・ダイアリー」には「死神」のあだなを持つ谷崎という医師が登場する。高齢者の延命治療に極めて消極的な異端の医師を描くことにより、倫理に関する問いが突きつけられるのである。現代において医療は誰のものであるべきなのか。読者は一人ひとり胸で吟味することになるだろう。

 正太郎の実家が花屋で草花に詳しいという設定が効いており、自然描写が美しい。夏川の持ち味である爽やかな詩情が前面に出た物語であり、若い二人の関係が少しずつ進展していくのが青春小説としても楽しい。〈神様のカルテ〉と意外な形で話が交錯しているので、ファンはお見逃しなく。

 もう一冊も現役医師の作品だ。久坂部羊は非小説系の著書でも現在の医療体制に警鐘を鳴らしてきた。毒を含んだ笑いも交えて諷刺を行う作家である。新作『オカシナ記念病院』(KADOKAWA)は離島の病院を舞台にした連作小説で、こちらも研修医の新実一良が視点人物となる。

 南沖平島の岡品記念病院で後期研修医として働くべく、彼はやってくる。離島医療を体験することは貴重な臨床経験になるはず、との信念あっての行動なのだ。ところが病院で出会った人々は一良の理想像とはことごとく違っていた。島の人々が出鱈目な健康管理をしていても鷹揚に見逃すばかりなのである。一良はやがて信じられない現場を目の当たりにすることになる。

 全八話で綴られた連作集であり、各話で医療に関する読者の思い込みが覆される構成になっている。たとえば糖尿病患者を中心にした「自由」では生活習慣病の改善に関する常識が、「検診」では早期発見を是とするがん検診の正当性がそれぞれ揺らぐことになるのである。反語による問題提起であり、もちろん医療そのものを否定するわけではない。意外な観点を呈示されるので、読めばだいぶ頭が柔らかくなるはずだ。

 特に重い主題が扱われるのは終末医療に関する「縮命」である。『勿忘草の咲く町で』とは表裏一体の作品と言ってもよく、できれば併読をお薦めしたい。

新潮社 小説新潮
2020年2月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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