『ここは夜の水のほとり』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
物語に翻弄される楽しさ
[レビュアー] 東えりか(書評家・HONZ副代表)
二〇一八年、「女による女のためのR―18文学賞」を受賞した「手さぐりの呼吸」という作品は、とても奇妙な読み心地の小説だった。
東京都内の玉川上水にほど近い場所に建つ、家賃がとても安い一軒家で、四年間一緒に住んだルームメイト二人の日常を淡々と描いていく。主人公は「あなた」と「私」。ふたりとも美術大学に通っていて、あなたはデザイン科、私は彫刻科。家には時々幽霊が出るけれど二人とも気にしない。生活はお互い越えないラインを心得ていて、それでもなんとなくわかり合える仲になっていく。卒業後、私が地元の高校で美術教師になってもあなたはこの家に住んでいた……。
この後の物語は意外な展開を見せたうえ、もう一回宙返りのようにひっくり返って、私を驚かせた。物語に翻弄される楽しさをひさびさに味わった。
本書はこの受賞作を「森のかげから」に改題し、ここに登場した者やその関係者たちの別の物語を組み合わせた短編連作集である。
「金色の小部屋」「最後の肖像」「ここは夜の水のほとり」「或る観賞魚」そして「森のかげから」。どの物語にも死者が登場する。それも普通の人に交じって存在する感じで、特に何をするわけでもない。生きている人たちは死者を感じ、時に死者の口で語らせる。虚なのか実なのか、誰が生きていて誰が死んでいるのか、曖昧なのにファンタジーや怪談でなく、リアルに日常が綴(つづ)られていく。
著者も美大卒で、写真家として、グラフィックデザイナーとして活躍している。だからだろうか、映像が浮かぶような文章が印象に残る。彼岸と此岸を分けるものは、我々の意識だけなのかもしれない。それを軽々と超える魅力を湛(たた)えた作品だ。