日露戦争に敗れた日本。潜む黒い陰謀とは。 『抵抗都市』佐々木譲

レビュー

5
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抵抗都市

『抵抗都市』

著者
佐々木 譲 [著]
出版社
集英社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784087716900
発売日
2019/12/13
価格
2,200円(税込)

書籍情報:openBD

日露戦争に敗れた日本。潜む黒い陰謀とは

[レビュアー] 西上心太(文芸評論家)

 日露戦争が終結し講和条約が結ばれてから十一年後の大正五年十月。日本橋川にかかる堀留橋のたもとで身元不明の男の他殺死体が発見された。警視庁刑事課の特務巡査・新堂裕作は、西神田警察署のベテラン、多和田善三巡査部長と組み、捜査を開始する。だが遺体発見後、早々に公安事案を担当する警視総監直属の高等警察や、反ロシア活動を取り締まる総監府保安課が事件に強い関心を示す。男の身元は文具店の外商員と判明するが、それは表向きの姿にほかならなかった。やがて新堂は何者かによって、捜査中止を迫る脅迫を受けるのだった。

 大通りにはロシアの将軍の名前が付き、看板にはキリル文字が併記された東京。本書は日露戦争に敗れたという設定で描かれた歴史改変警察小説だ。敗戦による講和を「御大変(おたいへん)」、外交権と軍事権をロシアに委譲し、属国になった現状を「二帝同盟」と呼ぶ政府のありようは、昭和二十年以降の日米関係の寓意のようにも読み取れて興味深い。事件の背景にあるのが親ロ派と反ロ派の対立だ。二年前に始まった世界大戦への追加派兵に反対する集会が、数日後に宮城(きゅうじょう)前で予定されており、何らかの騒擾(そうじょう)を起こす計画が浮かび上がってくる。保安課のロシア人憲兵は怜悧な人物であるが、ロシア市民と日本人市民の命は等価ではないと新堂に告げる。属国であるがための言辞である。大惨事を回避するには事件解決しかない。このタイムリミットがサスペンスを高じさせる。忠誠の対象は法律だけであるとする新堂の矜持(きょうじ)に胸を打たれる。また、ロシア文化が流入した東京の景観も活写されていて実に魅力的だ。予定されているという続編では翌年に起きる二月革命が大きな影響を与えるのだろう。作者の新たな代表作となるシリーズの船出だ。

光文社 小説宝石
2020年2月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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