蝋を扱う才能で、激動の時代を生きた女 『おちび』エドワード・ケアリー/訳・古屋美登里

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おちび

『おちび』

著者
エドワード・ケアリー [著]/古屋 美登里 [訳]
出版社
東京創元社
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784488010980
発売日
2019/11/29
価格
4,400円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

蝋を扱う才能で、激動の時代を生きた女

[レビュアー] 三浦天紗子(ライター、ブックカウンセラー)

 マダム・タッソーは世界の主要都市にある蝋人形館を最初にロンドンで開いた女性だ。数奇な生涯を死の際にいる自身がふり返るのだが、著者エドワード・ケアリーによる大胆で自由奔放な想像が加味されたメタ構造になっていて、貧しく無力だった少女マリー・グロショルツがいかにマダム・タッソーになり得たのかが鮮やかに描き出されていく。

 マリーの人生はのっけから困難で、胸が痛い。父は戦争の傷が元で死に、家政婦としてマリーを連れてクルティウス医師の邸宅に身を寄せた母は自殺。頼れる人がクルティウス医師しかいなかったマリーは、彼の元で蝋の技術などを学ぶが、医師の経済的な事情から冷酷でケチで支配的な未亡人の家に移り住むことになってから状況は一変。召使いとして過酷に扱われる。だが彼女には母の教えがあった。〈自分にできることを見つけなさい〉。自分の役割があれば生き延びられると信じるマリー。折しもマリーの青春期にはフランス革命があり、王族と親しかったマリーにも危険が及びそうになるが、またも彼女は蝋に救われる。革命で散った生首がマリーの元に持ち込まれ、デスマスクを作っていくうちに名を上げていくのだ。

 ちなみに、蝋人形館というアイデアそのものは、医師と未亡人が〈猿の館〉と呼ばれていた家で始めたものだ。顔だけでなく全身、グロテスクな状況も入れるという彼らの工夫を参考に、マリー自身も商才を磨いた。過酷な運命の中でもくじけず、自ら活路を開いていくマリーの芯の強さには、読んでいて本当に心が躍る。本書はまた、そんなマリーのさまざまな愛と喪失に彩られた物語でもある。献身、初恋、慈愛。失ってしまったものも、ときに蝋人形として蘇らせ、彼女を慰めていたことにほっとする。

光文社 小説宝石
2020年2月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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