真面目に頑張りすぎなくていい!? 群ようこさんが描く「パンとスープとネコ日和」から見える働き方と人生

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今日もお疲れさま パンとスープとネコ日和

『今日もお疲れさま パンとスープとネコ日和』

著者
群ようこ [著]
出版社
角川春樹事務所
ISBN
9784758413466
発売日
2020/01/15
価格
1,540円(税込)

群ようこの世界

[文] 角川春樹事務所


群ようこ(撮影・三原久明)

ドラマでも話題となった30万部突破の大ロングセラー! 「パンとスープとネコ日和」シリーズの第5弾が発売されました。アキコは、周りの仲間に助けられながら、今日ものんびり(時々休み)お店を営業中。けれども、お馴染みメンバーも少しだけ変わっていく中、美味しくて滋味深いサンドイッチとスープもまた変わらずにはいられない。大人気シリーズの創作秘話を、群ようこさんにうかがいます。

 ***

私の方は毎回書くのに必死で、ゆったりとは正反対です

青木千恵(以下、青木) 二〇一二年四月刊の一作目から、一~二年に一作のペースで書き継いでこられました。五作目刊行の感想を教えてください。

群ようこ(以下、群) 完結する時はまとめらしきエピソードを入れますので、原稿をお渡しするたびに「いつまでですか?」と聞くと、「んー、まだ続けたいです」と言われて。それでまとめることもなく書いていき、五冊目を出していただくことになりました。最初は一作だけと思っていたんです。「では二作目を」と言われて、「じゃあ、猫のたろちゃんは死ななくてもよかったのに」と思ったんですけれどね(笑)。二〇一三年にテレビドラマ化されて、私の中でも変化しながら書くことになったシリーズです。頭の中のイメージと少し違うキャスティングを目にしてキャラクターがより鮮明になり、その感覚であらためて書いてきたシリーズですね。

青木 「ゆったりした感じが好き」「気持ちが落ち着く」というファンの方が多いです。どのように書き継いでこられましたか。

群 私の方は毎回書くのに必死で、ゆったりとは正反対です(笑)。私の書くものは淡々と日常が過ぎていく中で小さな事件が起こるので、次はどんな事件を起こせばいいのかなと、平凡な毎日にちょっと波風が立つような出来事を何かしら入れていこうと思っています。五作目となると時間がある程度経過して、みんな年をとるんですよね。ソフトボール部出身のしまちゃんもいつまでも元気なままではなく、なんとなく年をとったという時間の経過を今回は意識して出そうと思いました。アキコも寄る年波を感じ、いつも元気なしまちゃんも何かあれば具合が悪くなるというね。なんだか少しずつ変わっていくんです。

自分のやりたいようにやってもいいんじゃないかな

青木 今回は、ずっと頼んでいたパン工房の変更や、異母兄と思われる住職が亡くなってアキコがいよいよひとりぼっちになるという出来事があります。このシリーズのテーマは。

群 今の若い人を見ていると、私の若い頃に比べてすごく真面目だなと思います。ミスしたくない、できないと思われたくないと、やりたくないことまで引き受けて、心療内科に通うようになるのを見ると悲しくなってしまって。そんなに人の目を気にして過剰に頑張らなくてもいい、自分のやりたいようにやってもいいんじゃないかなと思います。若い頃は体力があって好きなことができるのに、周りを気にして健康を害したり、気持ちがふさいでしまうのはもったいない。アキコは非嫡出子で差別的なことを言われて育った主人公ですが、いちいち気にしていたら生きていけないし、もうちょっとゆるくていいんじゃないかなという思いで書いています。気ままに飲食店を営んで、疲れたら休む。そこに向かいの喫茶店のママがやって来て毒を注入しないと、ただのほほんと過ぎていくだけなんですけど(笑)。

青木 今回のパン工房の変更も、先方が過労で店を閉めることになるからですね。地方のパン工房と新たに契約することになります。

群 疲れがだんだん蓄積しているのに気づかず、頑張りすぎてしまった。年をとるともうひと頑張りが命取りで無理できないんですけど、若い人のなかにはやれるからと突っ走るタイプの人もいるので、ほどほどに休みをとるようにということです。新しいパン工房は、若い人と高齢者が助け合って営業しているケースをインターネットで見た記憶がありました。地方で開業した若い夫婦がいて、パン工房だけじゃなく農業も始めたら地元の農家が畑を貸してくれたり、いろいろ教えてくれたり、ああこういうのはいいなと思ってイメージしていきました。

青木 それぞれの個性がゆるく繋がることのよさも、小説から伝わってきます。

群 世の中の流れに乗って方向を変える人もいます。世渡りなんでしょうけど、私はそうではなくて、世の中のことを多少加味しつつも、描きたい人物は基本的に変わらないですね。前向きで、まっとうで、人にも動物にも優しいというのは、人の基本じゃないかと思いますので。出世欲があるのは悪いことではなく、仕事を評価されたいのは当然と思うけれど、人を踏みつけてほしくないんですよね。大人しい人は反論できないですから。

青木 しまちゃんのように黙々と何人分も働く人は、アキコみたいな人とでないと便利に使われてしまう気がします。あと五作目のトピックスといえば、しまちゃんの新婚生活ですね。彼氏のシオちゃんはどのようなイメージで登場させたのでしょうか。彼はなぜしまちゃんを泣くほど好きなのか。

群 二人の結婚生活は、アキコが今いちばん心を痛めている事案なんです(笑)。非常によくやってくれるしまちゃんとだんだん親しくなるうちに気になって、おせっかいにならないようにと思いつつも、ちょっと様子を聞いてみなくては気が済まない。シオちゃんはしまちゃんとは対照的で、華奢で優しい、善良の塊みたいな人です。シオちゃんの方は一般的な結婚生活をしたいけれど、大好きなしまちゃんが籍を入れない事実婚がいい、別々に住みたいと言うので、仕方なく従っている感じです。好きなタイプはいろいろで、誰もが女性らしいタイプを好むわけではない。出会った時に「見つけた!」と思って、もう彼女がずっと好きでたまらないんですよね。

青木 いろんな形があって、幸せならいいのではないかと思います。

群 そうですね。ただシオちゃんが幸せかというと微妙な問題だなと、私は書きながら思っているんですけれども(笑)。

年配の人っていろいろ知ってるんだなと思われてます

青木 みんな少しずつ年を重ねて、どう生きていくかは切実な問題だと思います。

群 今までは横割りだったと思うんですけれど、これからは縦割りにしていかないと難しいかもしれないですね。世代の横の繋がりが減る分、縦にいろんな年齢の人がいて、年配の人の経験を繋いでいくようにしないと回っていかなくなる気がします。アニメでも車でも、ある分野のことに詳しい、子どもの頃から興味を持って専門家のようになっている人がいます。そういう人がちゃんといたら、年配の人っていろいろ知ってるんだなと思われて、若い人から疎外されることもなくなってくると思います。先日、取材に来られた人に『進撃の巨人』のことを話したら、「知ってるんですか?」と驚かれて、年配の人は知らないというイメージがあるのかなと。私は最近「人間椅子」というロックバンドに再びはまっているんですけれど(笑)、年を重ねてより一層演奏が上手くなっているから、再ブレークしたんですね。仏教的なことと文学と妖しさとロックが融合して、面白くて。時と共に、自分の中でいろいろ熟成させていく人はいいなと思います。

青木 消費税率が上がるタイムリーなエピソードもあります。十年近く書き続ける中でご自分の周りの変化を感じながら、小説に投影していくのでしょうか。

群 アキコと私は、生まれ育った環境や基本的な性格は違っても、自分で働いて生きていこう、というのは同じです。その小説を書き始めた時の感覚が入ってくるので、暑いから暑い話にしようと、特に意識せずに今回は夏の話です(笑)。五作目になると登場人物が勝手に動いてくれて、楽ですね。主要人物が決まっていて、時折新しい人が出入りする感じです。角川春樹事務所で交互に刊行している「れんげ荘」シリーズは、同じくゆるい雰囲気で、映像になっていない分、私のイメージでずっと進めています。無職の主人公キョウコについて「心配です。病気になった時はどうするんですか」などと、読者の方が心配してくださってありがたいです。アキコの店の方は、長蛇の列と閑古鳥の間ぐらいで一定している感じでしょうか。税金はあるけれど、家賃を払わないで済むからやっていける。反発して母の食堂とはまったく違うお店を開いたアキコでしたが、店舗を残してくれたお母さんにだんだんと感謝の気持ちを抱くようになっているんです。

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群ようこ
1954年東京都生まれ。本の雑誌社入社後、エッセイを書きはじめ、1984年『午前零時の玄米パン』でデビュー。著書に『無印良女』『ミサコ、三十八歳』「パンとスープとネコ日和」「れんげ荘」各シリーズなど多数。

構成:青木千恵 写真:三原久明

角川春樹事務所 ランティエ
2020年2月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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