痴漢とはなにか 被害と冤罪をめぐる社会学…牧野雅子著

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痴漢とはなにか

『痴漢とはなにか』

著者
牧野 雅子 [著]
出版社
エトセトラブックス
ジャンル
社会科学/社会
ISBN
9784909910011
発売日
2019/11/07
価格
2,640円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

痴漢とはなにか 被害と冤罪をめぐる社会学…牧野雅子著

[レビュアー] 鈴木洋仁(社会学者・東洋大研究助手)

 「痴漢は犯罪です」。満員電車内で男性が女性を狙う。それが主とされるものの、法律上の定義はない。

 元警察官にして女性学を研究する著者がこの犯罪を丁寧に読み解く。痴漢をめぐる現状を、統計に加え、捜査の実態に基づいて明らかにし、新聞・雑誌記事で丹念に裏づける。

 次から次に驚くほかない。

 痴漢相談をまとめた統計はない。痴漢行為を禁止する迷惑防止条例が全ての都道府県で制定されたのは、2002年にすぎない。

 また、薄着の季節は被害が多い、とされるものの、8月の相談件数は少ない。学生が夏休み中だからだ。

 服装や場所にかかわらず、女性は常に痴漢の被害に見舞われている。加害者の体験記は、被害防止のために女性誌に取り上げられるだけではない。新聞社発行の週刊誌にも堂々と掲載されていた。

 「たかが痴漢」として事を小さく見せるどころか、痴漢専門誌さえも発行される。「痴漢ブーム」というべき歴史が浮かぶ。被害者目線ではなく、どこの路線が「触わり放題」なのかといった、痴漢のしやすさを伝える情報が飛びかう。女性誌すらそういった男性目線を受け入れ、被害の観点を弱める。

 ところが、2000年以降、痴漢冤罪(えんざい)がクローズアップされる。男性は犯罪者に間違われ、人生を台無しにされかねない、との声が高まる。「痴漢ブーム」は終わりを迎える。

 被害者の声でも取締りの厳しさでもない。男性側の恐怖心こそ痴漢を娯楽として弄(もてあそ)ぶ態度を消した。

 男性である評者には、本書を読むのは辛(つら)い。まして被害者になりながら「痴漢を捕まえた婦警さん」とされた著者にとって、執筆する苦しさは察するにあまりある。それなのに筆致は前著に続き絶望していない。

 女性専用車両をはじめ、痴漢被害を防ぐ策は講じられている。かたや私たちは、これまで、そして今も、どれほど性差別から逃れているか。本書はリトマス試験紙になる。

 ◇まきの・まさこ=1967年生まれ。龍谷大犯罪学研究センター博士研究員。著書に『刑事司法とジェンダー』など。

読売新聞
2020年1月22日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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