『如何様』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
偽物と本物の差とは何か 戦後の詐欺話で本質に迫る力作
[レビュアー] 大竹昭子(作家)
似ても似つかぬ姿で復員した平泉貫一は本物か、それとも戦争のせいで変わり果てたのか。
敗戦後に横行した、本人になりすまして家族の元に帰る復員詐欺の話だ。両親は大喜びで迎え入れ、出征前に見合いの場で一度会ったきりの妻タエもさほど気にしていない。本物かどうかにこだわるのは彼を昔から知る榎田だ。彼に調査を依頼された女性記者の「私」が語り手となり、話は進んでいく。
貫一は画家で、復員後しばらく家で制作に励んでいたが、いまは失踪して行方が知れず、「私」は出征前と復員後の二葉の写真だけを手がかりに関係者に話を聞く。だが、言うことはまちまちだ。画廊主の勝俣は、出征前に描きかけた絵を本人にしかわからない厳密な手順で仕上げているから本人にまちがいないと主張。出征前から彼と関係していた玄人の女性は、変わっただのなんだのと言っちゃいられない、頭数さえ合ってりゃまだましなほうだ、と生活力旺盛な人らしく言い放つ。
貫一の実体が明らかになるのは後半、軍関係者に連絡がつきはじめてからだ。貫一は従軍画家を希望したがなれず、しかも体が弱かった。ふつうなら除隊になるところが、画家としての特殊技能を買われてある部隊に異動になる。そこでの仕事が何だったかは読んで頂くとして、貫一にとって持てる能力を存分に発揮できる職務であり、初めて生き生きした姿を見せたことはまちがいない。
詐欺の真実を探るのではなく、そもそも本物と偽物の差はどこにあるかと問いかけるところに本作の最大の魅力がある。社会が本物として迎え入れるからには必然性があるはずで、ならば偽物と本物に分けることにどんな意味があるのか。両者のあいだに明確な境はなく、「いつの間にか反対側に行きついている」坂道のようなものではないか。戦争を背景に虚偽の本質に迫った力作。筆力充分で今後が楽しみな作家である。