『職人の手』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
食えなきゃ意味がない――現代に息づく16人の職人たちの物語
[レビュアー] 立川談四楼(落語家)
父が棟梁と言われる大工で、毎朝我が家に多くの職人が集まり、時に普請場について行き、それぞれの職人の道具や仕事ぶりに見惚れました。しかし大工への夢はすぐに潰えます。強度の近眼に加え高所恐怖症だったからで、今、まあ安全な落語家というわけです。
それでも職人への憧れは持続し、本書にもすぐ飛びつきました。まさに待ち望んでいた一冊で、じっくり写真を見つめ、文章を読み、惜しむようにページをめくり、憧れを再確認したのでした。
職人が仕事中の写真を撮らせ、奥義を語っています。著者の手柄に他なりません。何度も通い、時にその商品を買い、信頼関係を構築したが故のことで、読者はそれで得心したり驚いたりできるのです。
ガラスペン、洋傘、料理人、江戸文字、桐たんす、モデリスト、鍋、結桶師、ビヤホール主人、陶工、仏師・彫刻家、クリーニング師、篆刻家、活版印刷家、日本茶農園、歌舞伎床山――著者が惚れ込んだ職人16人、30~90代の物語です。
私に近いのは江戸文字で、寄席文字の橘右之吉氏が紹介されていますが、今回初めて知ることも多く、氏が自慢話をしない人だということに思い至ります。
ビヤホール主人は神保町の「ランチョン」の当代主人で、いやここの生ビールは旨いのです。ああ、ビールとともにカキフライが目に浮かんできてたまりません。
室町時代から桶は“結物”と呼ばれ、それを作る職人を“結桶師”と言うのも今回知りました。紹介される桶栄の桶が「樹齢300年以上、天然の木曾椹」のみで作られることも。
「人の手にしか生み出せないもの」があるわけですが、本書は現代における多様な「職人の生き方」にもスポットを当てていて、大いに示唆的です。「芸術家ではない」「食えなきゃ意味がない」等の言葉が深く心に残ります。