カットのほとんどが至近距離 内側から騒乱を捉えた香港のいま
[レビュアー] 都築響一(編集者)
香港をめぐる報道は一段落したように見えるが、香港はぜんぜん一段落していない。香港に生まれ育ち東京に長く暮らす写真家ERIC(エリック)が、いてもたってもいられない気持ちで香港に戻り、騒乱に飛び込んで内側から撮った現在進行形の香港を緊急出版したのがこの写真集だ。
この写真集が異色なのはまず、ほとんどすべてのカットが至近距離、おそらく1メートル以内で撮られていること。安全な距離からデモ隊や警官隊を引きで写すのではなく、デモの内側で、共に催涙ガスを浴びる若者や、襲いかかる警官たちにギリギリの近さでカメラを向けている。こんなふうにデモを伝えた報道はほとんどなかったけれど、こんなふうに香港の若者たちはデモを体験しているのだった。
エリックはもともと、ストリートで出会う人々に、日中でも強烈なストロボのライトを浴びせ浮き立たせる手法で知られる写真家。一瞬の光が劇場のスポットライトのように切り取る光景や、すれちがいざまのストロボ一発で反応すら間に合わない素の表情。千分の一秒単位の人工光だけが見せてくれるイメージにこだわってきた。
ときに一種の暴力性すら帯びる手法が、はからずもこの写真ではデモ自体が帯びる発熱と暴力性を内包しているようにも見えて、それもまたエリックの香港が無数の報道写真と際だって異なるポイントだろう。
黒ずくめの服装に防毒マスクを着用した男女のアップは、見方を変えればパンキッシュなファッション写真にも見えてしまうし、騒乱の背後にはそれでも変わらない香港の街が写り込んでもいる。デモ隊も警官隊も傍観者も、すべてが一筋縄ではいかない国と都市と人間たち。これは前線からの緊急報でありながら同時に、これほどの騒乱をも飲み込んでしまう香港という場所の、恐るべきフトコロを描き出す解剖図であるのかもしれない。