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奇矯なキャラと駄洒落の連続 笑いと鋭い推理を楽しめる謎解き小説の「美」
[レビュアー] 若林踏(書評家)
変てこな探偵ばかりが集まる町を舞台にした東川篤哉の〈烏賊川市〉シリーズ。笑いと鋭い推理を堪能できる同シリーズの八作目に当たる短編集が『探偵さえいなければ』だ。
収録作中、最も可笑しなシチュエーションの謎解きを楽しめるのが「ゆるキャラはなぜ殺される」である。烏賊川市で開催されたゆるキャラコンテストの準備中に出場者の一人が刺殺され、コンテスト開始までの一時間のうちに探偵役は事件を解決しなくてはいけない、という話である。
奇矯な探偵役と駄洒落のオンパレードに気を取られがちだが、それは作者の計算のうち。ゆるキャラコンテストという設定にきちんと必然性を持たせて、最後には堅牢な謎解きを展開させるのだ。
本書には変な探偵たちに翻弄される犯人の視点から描いた作品が収められている。「被害者によく似た男」では偽のアリバイ作りを行う犯人が登場する。とあるユニークな小道具が重要な鍵として出てくるのだが、これがまた笑いを誘いつつ、最後には鮮やかな論理の流れに回収されるのだ。緩い物語と見せかけて、余詰を徹底的に排する謎解き小説の美がここにある。
個性的な探偵が複数存在する架空の世界、といえば山口雅也の〈キッド・ピストルズ〉シリーズ(光文社文庫)である。パラレルワールドの英国で、公的な資格で認められた“探偵士”たちと、ロンドン警視庁所属のキッド・ピストルズ&ピンク・ベラドンナが奇妙な事件に挑む。各編に登場する人物たちは狂気の論理を抱えており、それをキッドが独自の視点から読み解くことが肝となる。
複数の探偵役が作中に存在すれば、そこに推理合戦が生じるのは自然の流れだ。アントニイ・バークリー『毒入りチョコレート事件』(創元推理文庫、高橋泰邦訳)は、多重解決と呼ばれる手法を広め、多くの模倣作を生み出した。素人探偵ロジャー・シェリンガムが主宰する「犯罪研究会」の面々が、一つの事件に多様な推理を披露する。ミステリに対するユニークな批評性が込められた古典だ。