織田作之助賞受賞作読後のもやもやが消えない理由〈トヨザキ社長のヤツザキ文学賞〉

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トリニティ

『トリニティ』

著者
窪美澄 [著]
出版社
新潮社
ISBN
9784103259251
発売日
2019/03/29
価格
1,870円(税込)

規定変更で新鋭・気鋭の作家に道 織田作之助賞

[レビュアー] 豊崎由美(書評家・ライター)

 大阪市、大阪文学振興会、関西大学、毎日新聞社などが主催する文学賞が、大阪生まれの作家の生誕七十年を記念して一九八三年に創設された織田作之助賞。当初は公募新人賞だったのですが、二○○六年から単行本を対象とする「大賞」と公募新人賞にあたる「青春賞」とにリニューアルし、一四年には「U-18賞」を新設しています。

 また、「舞台や登場人物、テーマなどが関西に関わりのある小説、随筆、評論、評伝が授賞対象」という大賞の縛りを一○年以降ははずし、新鋭・気鋭の作家の単行本(小説)と規定を変更。審査委員は重里徹也、芝井敬司、高村薫、田中和生、辻原登、湯川豊で、受賞者には百万円と記念品が贈られます。昨年十二月に決まった第三十六回の大賞受賞作は窪美澄『トリニティ』です。

 銀座にある潮汐出版に就職したものの、雑務しか経験しないまま寿退社した鈴子。祖母も母も物書きで、潮汐出版から出た週刊誌を皮切りに、目覚ましい活躍を見せたライター・登紀子。大学在学中に才能を見いだされ、「潮汐ライズ」の表紙絵で時代の寵児となったイラストレーター・朔。今から五十年前、二十代だった三人の女性それぞれの生い立ちや生き方を描いた本作は、第百六十一回直木賞候補作にもなっています。

 田中和生は「文学作品として働く女性や生き方を模索する女性の姿を造形し直し、説得力を持って描いている」、高村薫は「等身大の女性の生活感覚や人生感覚が、身につまされるほどよく書けている」と選考理由を説明していて、なるほどとも思いますが、鈴子こそ虚構の存在とはいえ、潮汐出版が平凡出版(現マガジンハウス)で、登紀子が三宅菊子、朔が大橋歩であることは、出版業界に身を置く人間なら丸わかり。

 一九八○年代から、マガジンハウスの雑誌でたくさんの原稿を書いてきて、よく知っている世界だからではあるのですが、まだ存命の大橋はまだしも、故人である三宅の虚構化が甘いと、わたしは感じてしまいます。ほぼ、本人そのまま。正直、読後もやもやが消えない、(わたしにとっては)問題作なのです。

新潮社 週刊新潮
2020年2月6日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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